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その1 譲と檸檬
「今日の夕飯どうする?」
「何でもいい。僕はゆずが食べたいものに合わせるよ」
檸檬 は本から目を離さないで、気のない返事をした。
譲 が本来の名前だったが、檸檬には微妙に略されて、ゆずと呼ばれている。柚子 と檸檬は柑橘系で相性が良いだろう、などという意味不明な口説き文句から、二人の付き合いが始まった。
「作る身にもなれよ」
一緒に暮し始める前から譲はうっすら気づいていたが、檸檬は食に対してほとんどこだわりがない。作る気もないようなので譲が作る羽目になる。
「はー……仕方ない。ちょっと行ってくる」
「どこに」
「食材の買い出しだよ。なんもないだろ。檸檬さんは部屋に居てくれていいから」
「いや、僕もゆずと行きたい。……あ、そうだ待って」
檸檬は本を置いてソファから立ち上がろうとしたが、座り直して譲を手招きした。
「ゆず、おいで」
「いや、出掛けるんだろ」
「まあまあちょっとおいでよ」
仕方なくソファに腰を降ろしたら、先ほどから檸檬が読んでいた本が譲の視界に入った。
「え、なに? 『男飯のススメ』って、……レシピ本?」
「いつもゆずに作らせるの悪いから。ハードルの低い料理あるかなと思って、見てたんだよ」
「なんでいきなり?」
尋ねながらレシピ本を手に取り、ぱらぱらとめくっていたら、ふと檸檬の気配が近づいたので譲はどきりとする。
「一周年記念に」
「……何が?」
「僕がゆずを食べてから、もうすぐ一年」
「はぁ?」
何を言い出すのかと思って聞いていたら、檸檬は至極真面目な顔をして囁いた。
「恥ずかしいことを言わんでよ」
「あ、そう? ゆず恥ずかしかった? ごめん」
「恥ずかしいよ」
「ごめんて」
「大体『ゆずを食べた』って何だよ。檸檬さんが、俺を?」
「ある意味」
檸檬は柔らかい笑みを浮かべ、出掛ける用意を始めている。
「一緒に買い出し行こう。で、その本の17ページにあるメニューを作ってみてもいいかな」
「え、ああ……勿論」
「で、夜になったら今度はゆずのことをオフトゥンで食べよう」
「……オフトゥン」
真面目な声でふざけられると、どんなリアクションをして良いものか悩む。一年経ってもよくわからない人だなあ、と心の中で呟いて、譲は17ページにあるレシピの材料をメモすると立ち上がった。
その1 おわり
気が向いたら続く。
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