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その5 狭小キッチンも匠にかかれば

 和睦(なごむ)の住む部屋のキッチンは壊滅的に狭い。まず通常サイズのまな板を置くスペースがないし、流し台の中に三角コーナーでも置こうものなら洗う食器を置く場所がほぼない。IHのコンロが一応備え付けてあるが、その上に電気ポットが置いてある為、コンロは活躍の場を奪われている。 「ホケミっち言うたら何ょー想像するか?」  先日友人宅にて誰も死なない軽い事件があったのだが、その一端を担った和睦は、部屋に遊びに来ていた(たくみ)に人差し指をぴしっと立てた。 「ホケミ……?」  和睦と匠は友達以上恋人未満、ぬるま湯のような関係を続けて早幾年。匠のほうは和睦を好きだよと言ってくれるが、それ以上のごり押しはしてこない。それを良いことに、だらだらとどっちつかずでいるのは和睦もずるいと感じていた。  一緒にいるのは、居心地が良い。何故なら和睦を尊重してくれるからだ。 「――ホッケの切り身」 「やっぱしそうなるよな。俺が悪いわけではないけ、ほっとした」 「ふふ」 「その笑みはなんか?」 「オレがナーやんの思考を推理したとは考えないの?」 「おお、超能力?」 「推理って言ってんのに」  和睦がホケミをホッケの切り身だと結論づける思考の持ち主であると、匠にはお見通しなのだろうか。和睦は少し眉を寄せたが、特に反論はしなかった。 「しかし、相変わらずの狭小キッチン! オレが普段使いするにはとても我慢が出来ないな」 「俺は料理せんけ、問題ない」 「いやオレがナーやんに腕を揮ってあげられないじゃん。ここ引き払ってうち来ない?」 「んー……そこは匠の腕で。今日もなんか作ってくれるんやろか」 「――なんということでしょう」  匠は大げさに天を仰いで、来訪時に持参した卵とフライパンと密封容器に入れたチキンライスを、狭い狭いキッチンに展開し出した。電気ポットがあるとコンロが使えないため、あえなく一時撤去となった。 「白い卵やね。赤いのとどう違うんか。なんとのう赤の方が美味しそうに見えるやろう」 「単に鶏の種類が違うだけだと思うよ。栄養素的にはそんなに変わらないって聞いたことある」 「匠は詳しいなあ」 「ナーやんちには炊飯器がないから、あらかじめ用意したチキンライスを持参したよ。あとはふわとろ卵で匠特製オムライスをご馳走してあ・げ・る♡」 「何分クッキングか」  和睦は匠の軽快な喋り口に笑い、勝手知ったる他人の狭小キッチンでマグカップに卵を割り入れている様子を脇で見ることにした。  狭い。狭すぎる。  男二人が並ぶ設計ではないこのキッチンで、距離が近すぎるかとも思ったが、あえて匠から離れることはしなかった。  どっちつかずの関係、というのは楽だ。しかしもし、匠が他の誰かと付き合うなどして和睦の元に来なくなってしまったら、それは後悔するだろう。かと言って、今更この関係に変化をもたらすようなきっかけがあるとも思えない。 「ナーやんどうしたの」 「いや、卵見てる」 「ふうん。あ、チキンライスお皿に盛って?」 「……超能力使わんのか」  名残惜しい気持ちを隠し、和睦は貴重な皿を出すとチキンライスを二等分する。その間に匠は持参した菜箸と手首のスナップを使い、ふわとろのオムレツを手際良く作った。皿に盛られたチキンライスに、布団のようにふわりとかけて完成。 「あとはケチャップくらいあるかな?」 「ないなあ」 「そんなこともあろうかと、あらかじめ用意した小分けのケチャップがここにあります! そしてこれからナーやんの心を読むから、それ文字にするね」 「はあ?」  匠が至極真面目な顔をしながら、お弁当に入れるような小さなケチャップでオムライスに文字を書いた。それを見た和睦は、思わず苦笑する。 「――俺の心ぉ、読んだんか?」 「当たった? ねえ当たった?」  オムライスには『アイシテル!』と書かれていた。  曖昧な関係をなんとかしたい、というのが伝わったのだろうか。あまりにストレートな言葉に、なんともそわそわする。 「俺は愛しちょるなんっちゆわん。せいぜい……好いちょるちゃ」 「やっと言ってくれたよぉ……」 「いや、うん。まあそういうことにしようか」  突然の急展開にどうしたら良いのかわからなくなったが、匠が非常に喜んでいるようだったので、まあいいかと思い直した。  どうして和睦を尊重してくれるのか、思考を推理することが出来るのか、よくわからなかったけれど。それを言ったら匠は呆れたように呟いた。 「ナーやんをそれだけ見てるってことだよ」  狭小キッチンとお別れするのも、時間の問題かも知れなかった。

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