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第2話

 今から約二年前、三人が高校二年で同じクラスだった頃。  ある日をきっかけに、士朗が誰にも心を開く様子もなく孤立していた優等生の雪哉を、一方的に追いかけ回すようになって、約一週間。  『スノー』が雪哉かもしれないという相談を、『ありす』のルーム内で今と似た状況で受けてからは、数日後。  帰宅途中に突然呼び止められ入ったファーストフード店で、対面に座った士朗から神妙な顔つきで「付き合うことになった」と報告を聞いたときは、正直驚きを通り過ごして固まった。  今思い返してもこれは当然の反応だったと思う。飲みかけていたジュースを吹き零さなかっただけでも褒めて欲しい。  士朗の隣にいた雪哉に確認するように、ギギギと音がしそうな位にぎこちなく顔を向けると、普段無表情でいる事の多いと言うかそれ以外の表情を見せた事すらなかった雪哉が、士朗の突然の発言に目を見開いていたので、恐らく雪哉もこの日士朗が爆弾発言をするとは知らなかったのだろう。  だが士朗が冗談でこういう事を言う奴じゃないことは、小さい頃から幼馴染みとして付き合ってきた敏之が一番知っているし、驚きながらもしっかりと頷いた雪哉の表情からも真剣なのだと窺えた。  男女ともに友人の多い士朗の恋愛対象は女の子だと疑っていなかったし、実際「彼女欲しい!」という話題だって一緒に散々してきた。  だからこそ敏之の驚きはこの時間違いなく限界突破したし、そう簡単に「はいそうですか」と受入れられられない事であったはずなのだが、何故かこの時敏之は並んで座る二人を見て「あぁ、そうなんだ」と、何の抵抗もなくすとんと納得してしまった。  あまりに士朗が敏之に話す事は当たり前だという雰囲気で、信頼しかない顔をして話してくれたからなのか、雪哉が士朗を見る目が信じられない位優しい事に気付いてしまったからなのか、今でも確たる理由はわからない。  多分だが、その時の二人がただ幸せそうだったから、が正解だったのだと思う。  戸惑いながらも、結果として敏之は二人を見守る選択をした。だからこそ卒業して進路が別れ、高校までのように毎日会うこともなくなった今もこうして、士朗との長年の付き合いは途切れることなく続いている。  実際学校内においては二人の関係はただのクラスメイトから逸脱するような事はなかったし、むしろ「本当に付き合ってるんだよな?」と確認したくなる位に今まで通りだった。  士朗が話しかけると、雪哉は無視せず会話をする位には進展していたが、それも士朗が話しかけてようやく成り立つ関係だったし、雪哉から士朗に話しかける所は卒業するまで、少なくとも教室内では見かけたことはなかった。  ただ昼食時は他のクラスメイトの目もあったからか今まで通り敏之と食べていたものの、休日を二人で過ごしている話はたびたび聞かされたし、士朗も敏之も部活に所属していなかったから二人で帰宅途中に寄り道をするのが常だったのが、その日以降敏之は一人で帰宅するようになったという僅かで確実な変化はあり、あの衝撃のカミングアウトは夢ではなかった事を示していた。  ゲーム内の『ありす』と『スノー』は元々仲の良いコンビだったので、関係が変わってからも違和感はなかったと言って良い。  ずっと誰かと一緒だった『ありす』と違って、ソロプレイも多かった『スノー』の一人プレイ時間が減り、それに伴って『ありす』も他のフレンドよりも『スノー』と一緒にプレイしている時間が増えた位の変化だ。  それも敏之が二人と常に同じ時間にログイン出来ていた訳ではないので、あくまで感覚的にだが。  目に見える変化はあまりなかったが、それでも二人は仲良くやっているように思えた。  最初から士朗の方が一方的に追いかけているようにしか見えなかったので、いつものコミュ力の勢いで士朗が押し切ったのかとも思っていたのだが、眺めている内に、どうやら雪哉の方が深く士朗を大事に大切にしている様だと気付いたのは、いつだっただろうか。  ちなみに、何かあると士朗は今日のようにゲーム内で敏之を見つけては突撃して来るので、二人の関係は敏之に結構筒抜けだ。  男同士とかそれ以前に、恋愛経験自体が未だにない敏之がアドバイス出来ることは少なく、役に立っているかは正直不明だが、相談に乗るのは負担ではないので話を聞いている。  だが雪哉が敏之の存在をどう思っているのだろうかという所は、たまに考えなくもない。破局しそうな危機感のある話は今の所聞いていないし、付き合うことになってすぐに報告する様な親友関係であった事から、敏之は疑うような相手ではないと判断されているのだろう。  その後卒業まで雪哉とはリアル世界で絡むことはほとんどなかったが、ゲーム内では『ありす』と『スノー』に誘われて、何度か一緒にイベントに参加した事もあるので、士朗が敏之に話す所までひっくるめて受入れることにしたのかもしれない。  そう考えると、雪哉はなかなか器がでかい。敏之ならこんなに他人に自分の恋愛事情が筒抜けなのはちょっと嫌だ。  高校を卒業した後、士朗と雪哉も進路は別れたと聞いているが、雪哉がちょうど二人の大学の間に位置する場所で独り暮らしを始めたのをきっかけに、ほぼ入り浸っているという話も同時に聞いていたので、かなり仲良くやっているように感じていた。  件の『ファンサガ』の三周年イベントは、このゲームには珍しく会場を貸し切って行われるイベントで、リリース当初からのファンである士朗は絶対にチケットを手に入れるのだと、いつも以上にゲーム内イベントを走り回っていた。  チケットは一般発売もされるが、ゲーム内で開かれた三周年直前イベントで上位二十位までに入れば希望者に優先的にペアチケットが用意されることになっていたからだ。  自称『ファンサガ』マニアである士朗の気合いの入り方は類を見ず、いつ眠っているのか心配になる位だった。  結果、現在プレイヤー登録数が一千万人を突破したといわれているこのゲーム内で、二十位といわず十位以内に入っていたので、その気合いの入れ方は相当なものだったのだろう。  『スノー』はその相棒として、結構な時間一緒にイベントを回っていたようなので、士朗がどれ程行きたがっていたか、そして誰と一緒に行きたいのか、きっとわかっていたはずだ。 (なのに、その日に用事なんて入れるか……?)  拗ねた様に椅子に座って足をぷらぷらしながら出されたお茶を飲んでいる『ありす』の姿に『デン』は首を傾げる。  雪哉が士朗にデロ甘なのは、部外者である敏之から見ても明らかだ。その雪哉が士朗がずっと楽しみにしていた事を、何の理由もなく断るだろうか。 『本当にバイトなのか……?』 『うん、そこは嘘をついてるように見えない。でも急に代わりを頼まれたとかじゃないみたいだし、明日明後日の事じゃないのに変更は出来ないって言うんだよ』 『あいつにしか出来ないバイトって事か? 一体何やってるんだ』 『頑なにそこは教えてくれないんだよね。後で埋め合わせはするの一点張り。だから付き合って欲しいんだ。ペアチケット貰ったのに席空けるの嫌だし、せっかくのイベントだからどうせなら誰かと楽しみたいんだよ。スノーもデンを誘えばいいって言ってたし……もしかして空いてない?』 『……ありすとスノーがそれでいいなら、俺は大丈夫だけど』 『じゃあ決まりな! オフで会うの久しぶりだし、ちょっと早く待ち合わせてメシでも食おうぜ』  立ち上がって嬉しそうにぴょこんと跳ねる『ありす』は大変可愛らしいが、二人きりの時は口調が士朗に戻っているのが残念である。ゲーム内ではキャラを貫け。  それに雪哉のバイトの事も、何となく気になった。  士朗の『ファンサガ』歴は雪哉と出会う前からのものであるから、イベントに一緒に参加する相手が敏之になったからといって、テンションが下げるような事はないだろう。  元々プレイするのも好きだがそれ以上にゲーム開発に興味があり、その方面の専門学校に進んだ敏之としても、開発者の話が聞けるイベントに行けるのは大変有り難いのだが、何となく雪哉らしくない断り方と、わざわざ敏之を誘うように誘導しているかの様な雰囲気に若干の疑問が残る。  普段はさばさばしているタイプの士朗も、何となくそれを感じているから拗ねているのだろう。  完全に巻き込まれたポジションに立ってしまっている敏之としては、変に拗れたりしないでくれと願わずにはいられない。

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