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第4話

「さっきのパスワード、忘れない内に入力しとこうぜ」 「だな、まだ人も多いし、もう少しゆっくりしてから出るか」 「じゃあちょっとクエストやってこう」 「そこまでゆっくりは出来ねぇだろ」 「触りだけ、ちょっとだけ! ……って、あれ?」  人がある程度捌けるまでの間、最後に発表されたパスワードを入力する為に、スマホに入っている『ファンサガ』アプリを立ち上げた。  ゲーム自体はパソコンか据え置き機対応だが、『ファンサガ』人気と共に、アプリ版もリリースされている。アプリ版は、オフの連絡時に便利な交流用のチャット機能とデイリー系の簡単なクエスト、アバターの着せ替え等に特化していて、本格的な冒険は出来ないが、起動が速く空き時間にプレイするには最適な作りだ。  だからアプリ版対応の『会場限定クエスト』も、ちょっとしたご褒美クエスト的なものだとは思うのだが、だからといってそんなに会場内に長居も出来ない。  パスワードさえ入力すれば、この会場内でなくてもプレイ出来ると言っていた。  後日配信の可能性はあるが、まずはイベントに来場したコアなファンに遊んで貰いたいとのことで箝口令が敷かれたのもあり口頭だけでしか伝えられず、パンフや配られたチラシ等にも記載がないので、会場に長居して迷惑をかける事は避けつつも、忘れない内にさくっとパスワードだけ入力してしまいたい気持ちはわかる。  アプリを操作していた敏之の横で、同じようにアプリを起動していた士朗が疑問の声を上げた。 「どうした?」 「……限定クエストに、『スノー』がログインしてる」 「は? そんなわけないだろ。今日は来られないって言ってたじゃねぇか、だから俺がここに居るんだろ?」 「でもほら、見てよ!」  ずいっと向けられたスマホの画面には、『ファンサガ』アプリ版のクエスト画面と共に、フレンドのログイン状況がわかる小さなアイコンが表示されていた。  そこには確かに『スノー』の名前と共に、ログインを示す緑色のアイコンが点灯している。表示されているクエスト名も、確かに先程解放されたばかりの『三周年記念会場限定イベント』だ。  パスワードは、今終わったばかりのこの会場でしか発表されていないはずなので、『スノー』がログイン出来ていると言う事は、バイトで来られないと言っていた雪哉がこの場に居たことに他ならない。 「本当だな……。どういう事だ?」 「そんなの、俺が知りたい」  士朗がむすっとするのは当然だろう。バイトがあるから一緒に行けないと断って来た恋人が、連絡もなく知らない内に会場に来ていた事になるのだから。 「とりあえず人もだいぶ捌けてきたし、一旦出よう。んで、どっか店入って連絡してみようぜ」 「……うん」  画面を凝視している士朗に声を掛けながら、敏之はアプリのチャットを素早く開く。士朗と違ってフレンドはそんなに多くはないので、『スノー』を見つけるのは容易い。 『お前今、どこにいんの?』  手早くそれだけを打ち込んで送信して立ち上がった時、会場の機材を片付けている目深に帽子をかぶったスタッフ腕章を付けている男が、ポケットからスマホを取り出す所を目撃した。  仕事しろよ、と思うのと同時に何かが引っかかって再びスマホに視線を落とすと、『スノー』へのチャットに既読が付く。 『ファンサガのイベント会場にいる。ありすには黙ってて』  すぐにそんな返信が返ってきて、ばっと視線を再び先程のスタッフの男に戻すと、男はスマホをポケットにしまいながら機材を運び出していく所だった。 「士朗、先行ってて」 「え、急にどうしたんだよ」 「ちょっと便所!」 「それならここで待ってるよ?」 「もう片付け始めてるから会場内には戻ってこれねぇだろうし、すぐに追いかけるから」 「そう? わかった。じゃあ外で店探しながら待ってる」 「頼むわ」  早くさっきのスタッフを追いかけたくて慌て気味になってしまったから、余程トイレに行きたいと思われた気がする。敏之に対しての士朗の視線が、間に合うと良いなと応援する様な眼差しだ。  だがそのお蔭で士朗に疑われることもなかったので、この際よしとしよう。  片手をあげて「じゃあ、また後でな!」と言い残して人が大分少なくなってきた会場を早足で進む。  まずは先程男が機材を片付けていた場所に向かい、その後運び出していった方向を見定めて再び足を動かす。  プレイヤー数は膨大な人気ゲームではあるものの、今日までリアルイベントの実績がないからか、今回の会場はいきなり何万人も収容できるような大きな場所ではなかったのが幸いだった。  演者の控え室や搬入口の方向に回り込むのは、そう難しくなさそうだ。  とはいえ、千人規模の収容ができる会場ではある。関係者以外立入禁止になっているだろうから、出来ればそこに辿り着く前に先程の男を捕まえたい。  観客の使う出入り口とは反対側に向かっているからか人はどんどん少なくなっていき、早歩きから駆け足になっても邪魔にならなくなって来た所で、敏之は男の後ろ姿を捕らえた。  近くに数人のスタッフも居た事から、何の確証もないまま勘だけで追いかけてきてしまったのを唐突に思い出し、一瞬違っていたらどうしようという気持ちが湧き上がるが、ここまで来てすごすごと引き下がるわけにもいかない。

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