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 閑静な住宅地に(たたず)む藤堂家は、端的に言って、お金持ちそうだった。  まあ、彼の仕草とかを見ていれば、分かりきった話だ。  どう見ても育ちが良さそうだし、理数クラスでトップを走れるほど成績がいいということは、小さい頃から塾とかに行っていたんだろうな、と。 「おじゃましまーす」  おずおずと、家に入る。  長い廊下の左手には、2階まで吹き抜けになった開放的なリビング。  その奥には広いキッチン。 「ふみ、こっち来て」  手招きされて部屋に入ると、大きめの鳥かごのようなものが、ラックの上に置いてあった。  そっと覗き込むと……。 「モモンガ……?」 「そう。だいきちって名前で、まだ赤ちゃん」 「ほんとだ。ちっちゃ……」 「夜行性だからいまは寝てるけどね」  改めて部屋を見回すと、止まり木やら、おもちゃらしきものがたくさんある。  要するにここは、ペット専用の部屋らしい。 「どうしても、ふみに見せたかった。大事な家族」 「うん。とっても可愛い。見せてくれてありがとう」  こんな些細(ささい)なことで、じんわりとうれしさが胸に広がる。  ひとりっこの藤堂くんの部屋は2階だそうで、トントンと階段を上がると……まあ、うちのリビングくらいはありそうな広さだった。  こざっぱりした部屋。  しかし意外なことに、大きな本棚には漫画がびっしりだった。 「藤堂くんが漫画集めてるとか、あんま想像つかなかった」 「いやいや、筋金入りのジャンプ読者だよ俺は。スラムダンク連載時代に生まれたかった」  一番目立つところに、綺麗に全巻揃えてある。  本当に好きなんだな……なんて思いながら、ぼーっと眺めていると、藤堂くんは、ちょっと照れたように言った。 「友達とか滅多に呼ばないから、いすとかなくてごめんね。ベッドに座っちゃっていいよ」 「あっ、うん」  藤堂くんは、コンビニ袋からアイスキャンディを取り出し、分けてくれた。  そして、隣に腰掛けて、密着してくる。 「アイス溶けちゃうから先に食べるけど、そのあとすぐキスしていい?」 「……そういうの、あらかじめ聞く?」 「ムード作るとかどうやるのか分かんないもん」  そう言って藤堂くんは、あっけらかんと笑う。  変にかっこつけないで自然体でいてくれることが、うれしい。  他愛ない会話をしながら食べ進め、最後のひと口をぱくり食べると、藤堂くんはのしかかるようにしておれの手からアイスの棒を奪った。  そのままぽいっとゴミ箱へフリースロー。  流れで、まだアイスが入ったままのおれの口の中に、舌を入れてきた。 「ん……!?」 「ふみ、あまい」 「ぁ、……」  とっさに藤堂くんの服を握りしめたら、胸ぐらを掴むみたいになってしまった。  でもそれで彼は、なんだか燃えてしまったらしい。 「積極的なふみ、可愛い」 「ん、ちが……、んぅ」  藤堂くんは唾液を飲むみたいにしておれの口の中を探ったあと、ぎゅーっと抱きしめてきた。 「がっついてごめん、どうしていいか分かんない」 「平気。うれしい」  ぱたんと押し倒される。  ……と、藤堂くんは、目を細めて切なそうに笑った。 「ふみは可愛い。純粋で、なんでも信じてくれる」 「……? 何が?」  聞き返すと、藤堂くんはちょっと深呼吸してから、ぽつっと言った。   「……俺ほんとは、あのアプリでしょっちゅう遊んでた」  え……?  彼が口にした言葉の意味が頭に入ってこなくて、絶句のまま固まる。  藤堂くんは、目を見開くおれの体をまたいで、ひざ立ちのまま見下ろした。 「同級生だったのはびっくりしたけど、言いふらす様子もないし、安心した。こんなのバレたら、大問題だもん」 「……えっ? いや、嘘でしょ? 何言ってるの?」  藤堂くんは、混乱するおれの頬をなでる。  けれど、答えてはくれない。 「心配したのは本当だよ。あんなおとなしそうな子置いてきちゃって、めちゃくちゃにヤられてたらどうしようって思った。探したのもほんと。連絡先交換しなかったのを後悔したのは、気になったのが半分と、乱交なんかじゃなくて普通にふたりでセックスしたかったなって」  優しくしてきたのは、全部嘘……?  初めてだとか、どうしていいか分かんないとか、そんなのは全部、演技だったのだろうか。  怖くなって逃げようとしたら、藤堂くんは馬乗りになって、おれの顔の横に両手をついた。  動けない。  すくみ上がってしまって、声も出ない。  ぎゅっと目をつむって身構える。  乱暴にされるのかも――  息を詰めて震えた。  けれど、藤堂くんは、動く気配を見せない。  おそるおそる目を開けると、彼は悲しそうな顔でおれを見つめていた。 「俺の残念なところは、そんな感じで、裏表のあるダメな生活をしているくせに、本気で朋永文さんに恋をしてしまったことなんだよね」 「……え?」 「学校でふみを見つけた日に言ったことは、全文全部がほんと。心配してたし、連絡先交換すればよかったなって思ってて、なのにいざばったり会ったら保身で逃げて。でもそのあとずーっと校内を探してたのは、『他の奴と付き合ったらやだな』って思ってた。会えてうれしかった。可愛いし好きだなって思ってるのもほんとだけど、俺はふみが思ってるような感じの人間じゃないってことが言いたかった。ごめんね」  優しくキスされて、ますます頭がこんがらがってしまった。  セックスをしたことがないというのは、嘘。  おれのことが好きだというのは、本当。  心配したのは、本当。  優等生なのは、半分嘘。  でも、また会いたくて探してくれたのも、毎日毎日、電話で伝えてくれていた気持ちも、多分本当。  揺れる瞳が、そうだと言っている。  ……なら、別にいいかな、と思った。 「別に。だましてたとか、怒らないよ。遊んでたこととかも、いまおれのことしか好きじゃないなら、別に」 「それはっ、それはほんとに……いまはふみだけで、」  許しを乞うような眼差しに、なんだか力が抜けた。  ふはっと笑う。 「おれも、なんか。藤堂くんはスーパー完璧な生徒会のひとなのかなって思ってたから、夢がぶっ壊れてちょうどよかったかも」  顔の横についたたままの手にすりっと頬を寄せると、藤堂くんは、泣きそうに顔をほころばせて笑った。 「ムード作るとかどうやるか分かんない。がっついてごめん」  なんだ。  やっぱり、藤堂くんは嘘がつけないんだ。

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