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10.嵐のように去っていった
「ルイ!」
「ぅわっ!?」
昼休みも終わり、午後の授業も終わってさて帰ろうかとしていたら物陰に引きずり込まれた。
何だこら喧嘩なら買うぞ……なんて言えるはずも無くだいぶビビりながらかまえてたら夢野だった。
「あ、アリス……?」
「ごめんびっくりさせて……。それよりルイ! 連絡先教えて!」
「連絡先?」
「そぉ! お願いっ!」
切羽詰まったような夢野の気迫に押されてスマートフォンを取り出した。
連絡先を教えるぐらい別に構わないのだけど、いったい何をそんなに急いでいるのだろうと疑問に思いながらもトークアプリを開いて、手が止まる。
……自分の連絡先ってどうやって教えるんだっけ?
誰かと連絡先を交換するなんて家族と以来で操作の仕方が分からない事に気づく。
戸惑っている俺に夢野がしびれを切らしてスマートフォンの画面を覗き見る。
「ここ押したらQRコードが出るからそこを……──」
「夢野くーん! ちょっと聞きたい事があるから良いかな!?」
「ちょっ……! まだ話してーー」
「夢野、先生呼んでたよ! 急いで行かないとな!」
「ちょっと待っ……!」
夢野の名前が呼ばれたと思ったら、あれよあれよ夢野の周りに人が集まり、気がつけば一人取り残されていた。
ポカーンと夢野達が去って行った風景を見つめる俺の手にはQRコードが表示されたスマートフォンが誰かに読み取ってもらうのを待ち構えていて、何故か虚しくなった。
あれは、明らかに妨害だ。
俺と夢野が連絡先を交換するなど許されるはずがないと言うように。
「……そこまで嫌わなくても………」
急に連絡先を交換しようと言われて驚きと焦りの中でも喜びがあった。
だって同級生と連絡先を教え合うなんて小学生の年賀状を書くとき以来だから。
しかし意味もなく表示されたQRコードが気持ちをしぼませる。
まぁ交換する際の予習が出来たと思えば良いかとQRコードを読み取っているスマートフォンを眺めていて、
「………ん?」
と我に返った。
自分のスマートフォンの画面を読み取るもう一台のスマートフォン。
え、何、誰? とスマートフォンに伸ばされた腕をたどったら背後に猫野が立っていた。
「よっしゃ! げっとーっ!!」
「チエ!? いつの間に……」
読み取り終えたらしい自分のスマートフォンを両手で天にかざし、崇めるように真剣な目でそれを見ている。
ジャージ姿の猫野は汗をにじませ呼吸も早くて、部活途中で来たのだろうか。
しばらくスマートフォンを崇めていた猫野だったが、はっと我に返ってスマートフォンを胸に隠すように抱き周りをキョロキョロと伺った。
「チエ? どうかした?」
「あ、いや、何でもない……。そんじゃメッセージ送るから返事くれよな!」
そう言い残して爽やかなスポーツマンらしい笑顔を振りまきながら猫野は去っていった。
またもや一人残された俺は猫野の姿が見えなくなるとスマートフォンに視線をおとした。
そこには友だちの枠に新しい名前が表示されていた。
「………ふふっ」
たったそれだけの事なのに顔が緩むのが止められない。
誰かに見られたらまた顔をそらされそうだから気合いを入れて表情を引き締め寮へと帰った。
先に部屋でシャワーを浴びてベッドへ寝っ転がり再びスマートフォンの画面を眺める。
何度見ても嬉しくて顔が緩むけど、今は誰も見ていないから許してほしい。
まだ連絡は来てなくて、こちらから何か送ってみようかとも考えたが、猫野が「メッセージ送るから」と言っていたし、ここは来るまで待っていよう。
それに部活もしているし、何より人気者の猫野の事だから俺以外にも色んな人と連絡し合って忙しいのだろう。
こちらから催促してうざがられたら嫌だし、やっぱり待つに限る。
と言うより何を送ったら良いのか分からない。友だち同士って普段どんな会話をトークアプリでしているのだろう。
もし連絡が来たら夢野の連絡先も教えてもらっても良いかな。
少しの不安とたくさんの希望を持って猫野からの連絡を待った。
しかしその日は誰からも着信は無かったのだった。
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