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11.狂気

   やった。  ついにやり遂げた。  見つめる画面には「木戸ルイ」の文字。 「ふ……フフフははは」 「なにお前キモいよ」  部活の先輩から心の距離をおかれたが、この昂りを隠せずにはいられない。  ついに、ついに可愛いあの子のラインをゲットしたのだから!  この喜びをどう表せばいいのだろう。  一目見た瞬間に魅了された可愛いあの子。  あまりの衝撃で動けずにいる間に他の男に先を越されたが、後日俺も突撃した。  今では毎日挨拶を交わす仲になった。言い換えれば、挨拶を交わすだけの仲……。  本当なら早く友達以上の関係になりたい。だが、未だにまともに会話もできないまま。  原因は、邪魔されるから。  ルイに近づこうとするだけで必ず邪魔が入る。  好意的な声で俺の名を呼ぶくせに目は笑っていない連中にルイから引き離される。  それは夢野も同じようで、俺たちはルイと友達と言う関係にすらなれていないのだ。  ルイは休み時間になるとフラリと教室から消えてしまうし、授業が終われば誰かと雑談すること無くまっすぐ寮へ帰ってしまう。  食堂を使う事も無ければ談話室に来る事も無い。  ルイと話をするには僅かなすきを狙って消えてしまう前に呼び止めるしか無いのに、様々な妨害に合いそれも叶わない。  せめて連絡先の交換でも出来ればと思っていたら、夢野にまた先を越された。  邪魔する連中の目を盗み逃げ回り、ゼーゼーと息を切らしながらルイに迫る様子はなかなか鬼気迫るものがあった。  だが、残念ながら失敗に終わる。  連中に見つかったのだ。  笑顔で、しかし殺気のようなものを含んだ顔で夢野をルイから引き剥がす。  あと一歩の所で邪魔された夢野は激怒しながらも抵抗虚しく連中に連れて行かれてしまった。  ご愁傷さま、なんて他人事のように哀れんでいたが、ふと我に返る。  これは好機だと。  部活で校庭周囲を走り込みしていたそのままの足で、全速力で一人残されていたルイの元へ飛びついた。  声をかける前にルイのスマホの画面が見え、反射的にポケットから自分のスマホを取り出し読み込み画面を開いていた。  だって今を逃したら次は無いかもしれないだろ。  早く早く……QRコードを読み取る僅かな時間がやけに長く感じて焦る。  ルイが驚いて振り返るのと、読み取りが完了したのは同時だった。 「よっしゃ! ラインげっとーっ!!」  この時の喜びをどう表せば良いのだろう。  ルイの連絡先が登録された自分のスマホが神器に見えて思わず崇める。  なんてしている暇は無い。  我に返って慌ててスマホを隠した。  どこで連中が見ているか分からないのだから。  スマホを胸に抱えてキョロキョロと周りを伺う俺は不審者以外の何者でもないかもしれないが、なりふりかまっていられないのだ。  ルイからも怪訝な顔をされたのはちょっと傷ついた。 「そんじゃライン送るから返事くれよな!」  印象挽回を狙って爽やかな笑顔を振りまきながら去った。  少しは良い印象を残したい。  部活へ戻った俺は先輩達からどつかれたが、そんな事気にならない。  それどころか顔がニヤけてしまってどついていた先輩達も顔を引つらせて離れていった。  スマホの画面に表示された『木戸ルイ』の文字に感情の昂りが止まらない。  俺はついにやり遂げたのだ。  夢野を犠牲にしたが、インポッシブルなミッションを達成したのだ。  すまない夢野、お前の死は無駄にはしない。  俺と夢野は同盟のようなものを組んでいた。  もちろんルイ同盟だ。  なんだそれって思うかもしれないが、単身だとルイとまともに会話を交わす事すらできないからだ。挨拶で終わってしまう。  どちらかが囮となりそのすきにルイと僅かな接触を図る。  だから今回もこの連絡先を夢野にも教えるべきなのだが、まぁ少し夢野への報告が遅れてしまっても仕方ないだろう。  俺も部活で忙しいし、うっかり忘れてしまうのはしょうがないよな。  ルイと個人的に連絡を取って、他愛ない話をして、ほんの少しでも距離を詰められるように、友人からその先までの道筋が見えるまで。  そんな思惑で夢野へルイの連絡先を送らなかった事を俺は後に後悔する。  スマホは大事にスポーツバッグへしまった。  大事な大事なルイへの連絡先が入ったスマホが部活中に壊れてしまってはいけないから。  まずはどんなラインを送ろうか、明日の朝食を誘っても良いだろうか、何なら休日の約束を取り付けるのはどうだろう。  今日からいくらでもルイとスマホ越しに会話出来るのだと思うと浮足立って、先輩の放ったテニスボールが顔面に直撃したが緩んだ顔は止められなかった。  部活が終わり、さっそくルイへ連絡を取ろうとした。  どこで連中が見ているか分からないから、自分の体でバッグを隠しスマホを取り出そうとする。  が、無い。スマホがどこにも無い。  そんなはず無いとバッグの中をかき回し、最後はバッグをひっくり返し中の物を全部出したが、スマホだけが無くなっていた。  さーっと血の気が引いた。  まさか、いくらなんでも……と浮かんだ良くない考えを必死で否定して部室中を探し回る。  部室に無いと分かれば外に飛び出しあてもなく探し回る。  異変に気づいた部活のメンバーが探すのを手伝ってくれたが、なかなか目的の物は見つからず、焦りと怒りでギリリと歯ぎしりをしていた時だった。 「猫野ー、もしかしてコレじゃね?」  部活のメンバーが俺を呼んだ。  どす黒く曇っていた感情が期待で輝き、急く気持ちのまま転けそうになりながら呼ばれた場所に行く。 「どれっ!?」 「あの……これなんだけどさ……」  コレじゃないかと言ったメンバーに詰め寄ったら、そいつは気まずそうに俺に手を差し出した。 「………は?」  その差し出された手には、何かが乗っていた。  びしょ濡れになってグチャグチャに潰された、原型をとどめていない壊れた機械。  まさかコレが俺のスマホのはずがないとそれを手に取って、息を呑んだ。  裏返すと、見覚えのあるシリコン製のスマホケースが付いていたから。  いや違う、きっと似たケースを付けた誰かのスマホだ。俺の物のはずがない。こんなボロボロのゴミが俺のスマホのはずがない。  現実を受け入れられない俺の横でメンバーが心配そうに話しかける。 「……水の入ったバケツの中にあったんだ」  スマホを見つけたメンバーが、こいつが悪いわけではないのに気まずそうな声を出す。 「なぁ……警察に行ったほうが……」 「それよりまず先生に言ったほうがいんじゃね?」 「これ犯罪だよ」 「ひでえなコレは……」  俺の手元を見たメンバー達が息を呑み眉をひそめた。  そんな中、俺は唖然と立ち尽くす事しか出来ない。 「………ここまでするのかよ……」  原型をとどめないほど潰されたスマホからは狂気すら感じ、嫌な汗が首筋を流れたのだった。  

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