76 / 115
76.捕まえたぞ美形っ!!
俺は宛もなく校内を歩く。
気軽に話せる友人が限られている俺は、噂話を集めるのも一苦労だ。
どこかで有効な噂話が転がってないかなぁなんて歩いてみてもそう都合よく落ちているはずも無くてただの散歩になっている。
ましてやそれまで楽しそうに談話していた人達も俺を見た途端ピタリと会話を止めてチラチラこちらを見ながら内緒話を始めてしまうのだから、俺ほど情報を集めるのに向いていない人物は居ないだろう。
それでも今の俺は夢野や猫野、白伊先輩と言う友人が出来たのだから望みが無い訳じゃない。
探せばきっと他にも話せる人が居るはずだと意気込んでいたら、背後から大声が聞こえて振り返った。
「おーいそこのっ、そこの美形待って!!」
こちらを見て走ってくるが呼び止める内容からして自分の事では無いなと顔をそらす。
あれで反応しちゃったらどんだけ自意識過剰なんだと赤っ恥をかくところだ。
俺は関係ないですよーって感じを装って立ち去ろうとするが、走ってる生徒がなんだかぶつかって来そうなんだけどどうしたこの人。
「どあっ!?」
「捕まえたぞ美形っ!!」
もしかしてとは思ったが案の定用があるのは俺だったようで、タックルに近い形で拿捕された。
俺の腰に縋り付く生徒は眼鏡越しに俺をキラキラした瞳で見てくる。
学校指定のジャージを着ているがペンキなのか何なのかあちこち色がついてカラフルだ。
「……あ、あの?」
「いやー僕、日頃芸術科棟から出ないから君みたいな奇跡的な美形が居るなんて知らなかったよ! ぜひ課題のモデルになってくれないかな!? もう君以外考えられないし、ちょっとで良いから、ね? 後は写真一枚撮らせてくれたら良いからさ。良いでしょ? よろしく!」
「は? いや、あの、えっ、ちょっと……えぇ?」
あれよあれよと話が勝手に進んでぐいぐい腕を引っ張られる。
連れてこられたのは日頃使っている校舎から少し離れた、入った事の無い校舎だった。しかも正面の入口では無くて裏口と言うのだろうか、一度階段を上がった所から入らせられた。
独特な匂いの漂う室内は自分が使っている校舎とはずいぶん雰囲気が違う。
「課題作品描いてたらさー、君が窓から見えてねー、もうすっごい走ったよ僕! 久しぶりに本気で走ったよ!」
部屋はずいぶんと天井が高くて窓も多い。そんな不思議な空間で彼は話しながら椅子やキャンバスやイーゼルを準備していた。
「僕ファンタジーな絵が好きでさー、今は月の女神描いてたとこ! ちょっと行き詰まってたんだけど君見たらインスピレーションが降りてきてねー」
「そ、そうですか……」
話の流れから俺にモデルをして欲しいと言うのは分かったが、月の女神を守る猛獣とかのモデルって事だろうか。
窓際の椅子に座らせられ、視線は斜め下を指示された。
「うわぁ……君ホントに良いね! 妖精と人魚と天使のモデルにもして良いかな?」
「え……な、何の?」
「ん? だから妖精と人魚と天使だよ。あ、小悪魔とかも良いなぁ!」
だからそれらの何のお供の猛獣にされるんだ。
俺の戸惑いなどお構いなしに絵を描く準備は着々と進み、いざ筆を取った彼はマシンガントークをしていた口を閉ざし真剣な顔で描き始めた。
ここまで真剣にされたら邪魔する訳にも行かず、仕方が無いから黙って置物になる。
日の当たる窓際は暖かくてウトウトしかけるが、モデルを買って出たからには、いや別に買って出た訳ではないが、頼まれたからには全力で行わなくては失礼だ。
キャンバスに筆を乗せる音と、どこかから聞こえる笑い声を聞きながらこれどれぐらいかかるのかなぁとぼんやり考える。
いきなり連れてこられたが、特に怒りは湧いてこないのは、そんなに嫌では無かったから。
俺の事を美形だなんて言うぐらいたからずいぶんと個性的な感性を持っているのだろうが、だからこそ彼は俺なんかと楽しげに話しているのだろう。
ともだちにシェアしよう!