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82.証拠
「おら、そこらへんにしとけよ」
湧き上がる感情に押しつぶされて泣きそうになっている俺の目を、先輩の大きな手が覆った。
「ルイ思ったより言うね……まぁいい気味だけど」
少し驚いたような、でも楽しそうな声で夢野が言って、俺の頭を撫でた。
二人の温もりに、忙しなかった心臓が少し落ち着く。どうやら俺は自分が思うより興奮していたようだ。
「ごめ……もう大丈夫……」
「あぁぁぁああぁぁあぁぁあ──ッッ!!!!」
「っ!?」
俺が深呼吸をしてもっと冷静になろうとしていたら、突然の喚き声が俺を襲った。感情を全て爆発させたような大声に身がすくみ息が詰まる。
咄嗟に俺の目を覆っていた先輩の手にしがみついたらそこには頭を掻きむしりながら叫ぶ彼がいた。
「お前らだっ! お前らが居るから悪いんだっ! お前らさえ居なくなればその方は元に戻るんだっ!!」
「お、おい……」
狂気じみた彼の言動にそばにいた猫野は腰が引けて戸惑っていた。それはそうだ、今下手に刺激したら襲って来かねない。それほどまでに今の彼は異常だった。
「消してやる……っ! お前ら絶対に消してやるっ!! それがっ、その方の為なんだっ!! 私は間違ってない……っ!!」
「こらぁっ、何騒いでんだっ!?」
「何事ですか!?」
異様な叫び声を聞きつけて二人の教師が駆け込んでくる。
ガタイのいいおじさん先生と、上品そうな服を着たおばさん先生だった。
「せ、先生……」
猫野の呟きから、どうやら一人は猫野の部活の顧問らしかった。
二人の教師は室内の光景を見て絶句する。薄暗い部屋で数人の生徒に明らかに殴られた跡があれば驚くのも仕方の無い事だろう。
「まぁ!? 喧嘩!?」
「猫野、お前……これは何だ!?」
暴力的な事があったのは明らかで、猫野の部活の顧問であろう教師が苦々しげに猫野を見た。
マズイと咄嗟に思う。以前猫野は誰かの嫌がらせで休部になっている。その上でこの現状に猫野が関わっていると思われたら次は休部では済まないかもしれない。
「先生、あの……」
何とか猫野や他の友人は無実だと訴えようとしたら、先程まで気が狂ったように叫んでいた彼が撮影していたスマートフォンを奪い駆け寄って来た為思わず身構えた。
「先生! 私達は猫野チェシーと白伊ナイトに暴力を振るわれたんです! 夢野アリスからも凶器を使われた事もあります! 証拠もあるんです!!」
しかし、彼は俺では無く教師二人へ駆け寄ってスマートフォンの画面を見せていた。
ちらりと見えたその画面は猫野が男子生徒に蹴りをいれる場面や先輩が殴る場面、そして夢野がスタンガンを使う場面が静止画となって映し出されていた。
「な……猫野お前……」
コレだけを見たら友人達が一方的に暴力を振るった様に見え、悪意のある編集に「ちょっと待って下さい!」と声を上げるも教師二人はその写真を信じたのか猫野や先輩に非難の目を向けて悔しさが募る。
何か、何か弁解しないと。
このままでは猫野だけでなく夢野や先輩まで停学や退学に追い込まれてしまう。
焦る中で何とか弁解できないかともう一度声を上げようとしたその時に、
『あの方に友人など不必要だと言う事です』
と、彼の声が、彼じゃない方向から聞こえた。
「え?」
「は?」
「何だ?」
『安心してください。君のご友人も、あのイキってるだけの不良も同じように消えてもらいますから』
俺や彼を含む周りの人達も何事かと音源を探せば、それは先輩のスマートフォンから流れてきていた。しっかり動画付きで。
「な……何で……」
「おい……どう言うことだよ……」
『猫野はテニス部のエースだ。私物にタバコや酒でも仕込んでおけば直ぐに退学になるだろな。あとあの不良もちょっと煽ればすぐに暴力を振るってきそうだからいくらでも退学の理由は作れる。日頃の素行の悪さのおかげで退学にさせるなんて簡単だよ』
『それで僕には暴力ってわけ? そんな事したらあんたらが退学になるんじゃない?』
『目撃者がいなければ問題ないさ。なんならあの不良のせいにしても良い。一石二鳥じゃないか』
「……何で、何でお前が持ってるんだ……っ!?」
戸惑いを見せるのは男達だけでなく夢野や猫野も同じようだ。何も言わないが目を丸くして先輩を見ている。
人の悪い笑みを浮かべる先輩に、周りの男達は顔色を真っ青にして問う。
「僕が送りました」
「「「はぁっ!?」」」
突然割っていった声は、ずっと俺達をスマートフォンで撮影していた人物のものだった。
「世話になったなモブ山」
「え……先輩?」
先輩からモブ山と呼ばれた人物、真面目そうな、クラス委員長みたいな人だった。
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