2 / 60

第2話 孤高の王②

 が、数歩進んで荷車が止まった。男達の視線が正面に向けられている。俺は正面の格子に近付いて、幕の間から覗き見た。  丘の上から見えたのは、聳え立つ石の壁だった。羊族が積み上げたのだろうか。どれくらいの高さがあるのだろう。森の木よりも高い壁の中央に、扉らしきものが付いているのが見える。小指の先ほどに小さいが、獣人たちが扉に入っていくのを見ると、あの壁の向こうに羊族の国があるのだ。 「お前たちは門の前まででいい。あとは僕がやっておく」 「いいのか? 俺達だけカーニバルに先に参加して」  灰色の毛の男が「構わない」と言うと、斑の毛の男が嬉しそうに尻尾を振る。 「よし! あと一息頑張ろうぜ!」  やる気を出した斑の毛の男が荷車をぐんぐんと引っ張る。そのせいで急に荷車が傾いて、俺は前方に転がって格子に激突した。  物音に驚いて振り返った栗毛の男と目が合う。くんくんと鼻をひくつかせ、不思議そうに首を傾げた。 「しかしなんだって羊族は、こんなβの子供なんか欲しがったんだろう? 確かに見たことない種だし、変わった匂いではあるけど」 「さあな。犬コロを飼うのが趣味なんだろ。稀に羊族と犬族との間に犬が生まれることがあるらしいが、その子供は塀の外を守る兵士にされるらしいしな」  ぴくりと灰色の毛の男の耳が反応するのを俺は見逃さなかった。この男は、この二匹とは違う。ただの雇われた運び屋ではない。 「そんなことより急がねえと、日が沈む前に辿り着けねえぞ!」  激しく荷車を揺らしながら坂を駆け下りていく。俺は丘の麓に着くまで格子に掴まって耐えた。 「じゃあ、あんたも後でな!」  太陽が地平線に消える前に壁の側まで辿り着いた。灰色の毛の男は二匹に代金を渡して、ゆっくりと荷車を引き始める。壁の扉──門に向かって走っていく二匹を横目に、壁に沿って進み始めた。  門の両側には犬族と白い綿毛のような髪の毛と頭に角の生えた小柄の獣人が二匹ずつ槍を持って立っていた。あのふわふわの毛の獣人は、羊族の者なのだろう。  しかし、てっきり壁の中に入るのだと思っていたから、全く終着地が全く分からなくなってしまった。 「……手荒い真似をしてすまなかった」  今まで一度も話し掛けて来なかった灰色の毛の男の最初の言葉が謝罪であったのは、俺にとって気を許すきっかけになった。 「誰かに雇われたの?」 「……まあそんなところだ。犬族の王に獣人を雇ったから彼らを連れて君のところへ行けと言われた。紹介者だと思っていたが、まさかそれが君を無理矢理連れて行くこととは思わなかった」  格子の間から男の後ろ姿を眺める。表情は分からないけど、耳や尻尾の動きから見て嘘ではなさそうだ。 「なんで俺は連れてかれてるの? どこに行くの? 目的は何? あんたは誰? 雇い主は?」  今まで一言も声を発しなかったからか、一気に溜め込んでいた疑問が口をついて出た。というか、誰かと会話するのは十年振りくらいだったから、コミュニケーションの取り方が分からなくなっていた。 「僕の名前はスウード。羊族の国に生まれた犬族だ。陛下のため番の候補を連れて帰るよう命を受け、君を連れてきた」 「陛下……?」  壁に沿って進むうちに、壁がカーブを描いているのが分かった。途中にいくつか野営地なのか砦なのか建物があり、その周囲には数匹の犬族の姿がある。

ともだちにシェアしよう!