6 / 60
第6話 初めての朝②
男が窓の外に手を出すと、鮮やかな青色の小鳥が次々と飛んできて彼の掌にある何かを啄み始める。餌を与えているのだろう。
餌を食べ終わっても小鳥は男の肩や角や腕に止まって、毛繕いをしたりながら休んでいた。
朝日を浴びてきらきらと輝く白髪と金の瞳、そして小さな青い鳥たち。この光景を見て美しいと言わない者はいないだろう。
「……何をこそこそと見ている」
小鳥たちが一斉に飛び立つ。そして、彼を纏っていた空気が一気に重苦しくなるのが分かった。
「いや……おはようって、言おうと思って」
見つかってしまっては仕方がない。観念して部屋に入る。
アルダシールは目を細めて、ゆっくりと立ち上がり、部屋の隅にいる俺を遠くから眺めた。
「その格好は何だ」
「え? スウードにもらったやつだけど」
服を摘んで首を傾げると、緩慢な動きで、しかし大きな一歩でこちらに近づいて来る。
「……お前、犬と言ったな。尻尾はそれか?」
「そうだけど?」
服の下からはみ出ている尻尾を掴んで見せると、怪訝な顔で俺を見下ろした。頭の上から突き出た巨大な二本の角が、山を描くように下に降りた後、尖端がぐるりと渦を巻いている。尖った部分がこちらに向けられているせいでより攻撃的に、威圧的に感じられ、唾を飲んだ。
「狸のようだな。茶色の毛で丸い耳は熊のようでもある」
狸? 熊? 見たこともない生き物の名前を言われているが、言い方からして良い意味ではないのは分かる。確かに耳や尻尾は丸っこくて、耳も背も小さいし、肌も日に焼けてるけれど、馬鹿にされるいわれはない。
頭二つ分くらい大きな相手の目をしかと見据えた。
「そういうアルだって、他の羊みたいにふわふわじゃないし、角だってすっごいでかいじゃんっ!」
ぴく、と真っ白の眉が反応する。無表情な分、変化が分かり易い。
「アル……?」
「アルダシール十九世、だっけ? 名前呼びづらいから、アルって呼んだだけ」
金色の瞳が俺の瞳を覗き込む。昨夜見た冷たくて恐ろしささえ抱いた瞳は、今見ると冷たくても拒絶を湛えてはいなかった。寧ろ、この眼は──
「……アルガリ」
「え?」
「私の種だ。私を除いてこの世に、二匹と居ない」
スウードが言っていた。羊の国唯一のαだと。しかし、だとしたらアルの親の片方はαだったはずだ。
「お父さんかお母さんは?」
「……先代の女王であったはシャーズィヤ十三世は十年以上前に他界なされている」
一瞬ではあったけれど、アルの表情が翳ったように見えた。と、俺の横を通り過ぎ、階段を下りていく。後ろをついて行くと、スウードがちょうど部屋に戻ってきたところだった。香ばしい匂いのする茶色の丸い何かとたくさんの果実を板の上に載せている。
しかし、この短時間で階段を下りて上って来たのだとしたら、どんな技を使ったのだろう。
「スウード、これに服を着させろ」
「これじゃないっ! ロポ!」
俺とアルを見たスウードは、明らかに動揺していた。そういえば、上の階に行くなと言われていたんだった。
「下着姿で彷徨かせるな」
「申し訳ありません……! 昨夜用意していた服のサイズが合わず、今お持ちしたところで……」
恐らく服装のことで文句を言われるのが分かっていたから、俺に注意したのだろう。すぐ近くにあった四角い木の置物の上に袋が置いてあって、スウードはテーブルの上に食事を置いて、袋の中から白い服を取り出す。
「私は上で食べる。後で構わない。持って参れ」
「承知致しました」
階段の途中で、アルは踵を返し上の階に戻っていった。スウードがばつが悪そうにしているので、階段を下りて傍に行く。
ともだちにシェアしよう!