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第7話 初めての朝③
「ごめん、俺のせいで怒られた」
「いや、ちゃんと言わなかった僕も悪かった。とりあえず、これを着てくれ。子供用だから合うはずだ」
子供用だなんて、本人は悪気はないのだろうが、俺は羊族の子供サイズですって言われているようなものじゃないか。俺もう二十歳なんだけど。
いちいち突っかかる訳にはいかないから、「ありがとう」と言って受け取る。俺が上衣を脱ぐと、スウードはくるりと背中を向けた。
服は木の幹の色で、昨日着ていたものと違う柔らかい素材でできていた。袖や裾の幅がたっぷりと取ってある。そしてウエスト、裾口、裾口に紐がついていて、袖を汚したり引き摺ったりしないようにか縛るようになっていた。
「朝ごはんってこれ?」
「ああ、そうだ」
スウードが持っていた板を覗き込む。丸い茶の色の食べ物は、植物由来の匂いに混じって、嗅いだことがあるような無いような甘い香りが混じっていた。その匂いと同じ匂いが茶色の食べ物の横に添えられている固形物からもしている。そして今朝のものと色違いの入れ物には、少し香りが違うがさっき飲んだ紅茶という飲み物が入っているようだ。
その板を持って階段の方に向かっていくと、スウードが焦った様子で後ろから付いてくる。
「何で上に行こうとする……!」
「だってどうせご飯食べるんなら一緒に食べた方がいいじゃん」
階段を上ってドアを開けて中に入ると、中央のテーブルに座っていたアルが、露骨に嫌そうな顔をして俺を見た。
が、気にせず朝ごはんを持ってアルの前にごはんを載せた板を置く。
「一緒に食べよう。俺、この丸いやつの食べ方分かんないし」
並べられていた椅子をアルの近くの角の辺り持ってきて座った。アルが何か言いたげにスウードに視線を送る。
「……これはパンという食べ物だ」
観念したように溜息まじりにそう言って、パンという茶色の食べ物を手に取る。と、スウードが慌ててテーブルの上に食事を並べ始めた。
「へえ! 何でできてるの? なんかの植物が入ってるのは、匂いで分かるんだけど」
感嘆の声を上げて、アルの手元を覗き込もうと身を乗り出す。
アルはパンを小さく一口サイズに千切り、添えられていた黄色の固形物を先が平らになっている銀色の棒で刮いで、パンの表面に塗る。
「小麦という植物だ。それを粉状にし羊のミルクとバターを混ぜて練ったものを、窯で焼くとこうなる。バターとは今パンに塗ったこれのことだ」
銀の棒の先についた固形物はパンに塗ると溶けて液状になっていた。
「ミルク? ミルクってお母さんのお乳ってこと?」
「そうだ。羊族でも多産の種がこの仕事に就いている。我が国の主要な産業の一つだ」
運び屋の男が羊族は身売りをしていると言っていた。毛と身体を売って成り立っている国だというような酷い言い方だったが、他にも色々と仕事があるのだろう。
「羊族の多くは優性のΩだ。優性種の中には獣化できる者が多いことは知っているか?」
「獣化は知ってる! けど、Ωとか……あとαとかβとかはよく分かんないや」
獣化のことは小さい頃母さんが言っていたので覚えている。獣が獣人に進化する過程で失われたはずの獣であった時の姿に、先祖返りすることができる能力だという。
その能力を優性の性質を持った獣人が有するとは初耳だ。そもそも優性劣性、Ωαβという性質が存在すること自体、つい昨日知ったばかりなのだ。
「羊族は獣化できる者が多い種だ。獣の姿になれば、全身に毛が生え毛刈りが、子供を産んだばかりの親なら搾乳が可能になる。羊毛は服や絨毯、毛布などの毛織物に、羊乳は飲料だけてはなくバター、チーズ、ヨーグルトなどの加工食品になる。他国との交易においては重要な輸出品だ」
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