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第12話 ふたりきりの一日②

 アルの眼が鈍く光り、俺を睨むように見る。思わず身を縮こませたが、アルはまた二枚目の紙に視線を落とした。 「数百年王宮を空けている形だけの王の一族に、力が有るものか。側遣いに殺されかけた王なら、なおのこと」  やはりさっきのスウードとの会話は聞かれていたようだ。しかし、それ自体に怒りを覚えている様子はない。では、何に対して機嫌を損ねたのだろうか。  それにしても、王様と聞いて浮かぶイメージは、椅子にふんぞり返って偉そうに部下に命令している姿だが――犬の国では実際そうらしい――、羊の国では違うようだ。 「王宮って、どこにあるんだ?」 「広間の窓から、塀の向こうに白い壁と青い屋根の建物が見えるだろう。後で見てみると良い」  国を包むようにそびえ立つ壁。その中に王宮はあるのだ。そして、その塀の外に、この建物は作られている。 「どうして王様なのに王宮に住まないの? こんな離れた高いところに独りでいるなんて、変だよ」  紙の文章を読み終えると、一枚目の紙に何かを書き込み筒状にする。机の上にあった火のついた塊を傾けて、ぽたぽたと液体を紙の上に垂らし、持つところのついている丸型の石をその液体の上に押し付けた。すると、押し付けたところが、いつの間にか固まっていて、筒の形のまま固定されていた。 「国民の多くはΩだ。かつて王宮に在った頃、αである王は彼らの発情期(ヒート)の誘引に負けて、淫蕩に耽った。自国民との子ではアルガリ種は生まれぬが、しかしそれでも王に近付き権力を得ようとする者や子らの争いが絶えなかったのだ。そのことを憂いて八代目の王がこの塔を建てた。それ以来王はこの塔で生まれ、劣性のΩと番となり、ただひとりのアルガリの子を産むことを定められている」  正直、言っていることの半分くらいよく理解できていないけれど、可笑しいことは分かる。αやΩのことも、勿論発情期(ヒート)や誘引というのがどういうことなのかも、権力とか争いとか、俺には無縁のものだった。  でも、とにかく王様の周りでは面倒事が多かったのだ。だから、塔に逃げ込んだ、ということなのかもしれない。 「じゃあ、いつ王宮に戻るの?」 「……戻るだと? 馬鹿な」  また俺を睨むように見る。というか、単純に目力が強いだけのような気もする。白く長い睫毛と切れ長の眼。よく見ると金の瞳が机の上の火で煌めいて――。 「きれい」 「……何の話だ」 「アルの眼だよ。瞳の中に星がたくさん輝いてるみたい」  アルは息を吐くと、手に持っていた紙を木でできた長方形の入れ物に入れ、次の紙を手に取る。 「仕事の邪魔をするのなら、向こうに行っていろ」 「嫌だよ、やることなくて暇だし」  ふとアルの背後にある四角い塊が気になって、ひとつ手に取る。それは紙の束をひとつに纏めたもので、その中には何やら絵が描いてあった。その横に文字が並んでいたが、もちろん一つも読めない。 「この紙の塊は?」 「それは本という。ロポが手に持っているのは、世界の植物図鑑というものだ」  文字は読めないが絵が描いてあるので、少しは意味が分かる。木や葉っぱ、花や実や種の形が分かりやすい。 「へえ、じゃあ図鑑見ていい?」 「構わぬ。私にはもう不要のものだ」  と、地べたに座って図鑑を開くと、アルの溜息が聞こえた。部屋を出て行ってくれると思ったのだろう。残念でした。 「王様って偉そうにしてるだけだと思ってた。ちゃんと仕事するんだな」  アルはちらりと俺を見て、 「……愚かな王には、なりたくなかっただけだ」  と、また紙に書かれた文字を読み始める。

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