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第13話 ふたりきりの一日③

 この部屋にある本を、アルは全部読んだのだろうか。部屋の壁が見えないほどに埋め尽くされた無数の本を見上げる。  ――独りで、この部屋で、外の世界のことが書かれた本を読んでいたのだろうか。  見たこともない植物の絵を見ながら、幼いアルが俺と同じようにこの本を読んでいる姿を思い浮かべて、ちくりと胸が痛んだ。  気付くと、ベッドに横になっていた。自分の足で歩いてここまでたどり着いた記憶はない。  目を擦りながらベッドを降り部屋を出る。と、アルが窓の側に佇んでいた。  夕陽に照らされて、髪や肌が赤く染まっている。そういえば昨日ここに来た時も、アルはこうして、物憂げに外を眺めていたんだっけ。 「王に抱えられた子犬よ。よく眠れたか」 「な……! 子犬じゃないしッ! 二十歳! 立派な成獣!」  アルが俺を運んでくれたのだと優しいところもあるものだと思ったが、俺を「子犬」と呼んだことで感謝の気持ちが失せてしまった。 「そういえば、アルっていくつ?」 「十八だ」  散々偉そうに上から目線で話してくる相手――この場合相手が王様ということは置いておく――が年下だったとは。 「二歳も下じゃん!」 「たかが二歳だろう。それに私の方がロポより成熟している」 「そんなことない! 俺は外の世界のことをアルより知ってるし! 外の世界では俺の方が成熟してるね!」  アルはまた窓の外を見詰める。視線の先を追うと、そこにはアルが言っていた青い屋根で白い壁の大きな建物があった。 「……外の世界になど、興味はない」  その言葉は、彼の心とは裏腹な気がした。だって、興味が無いなら、そんなに悲しい眼で外を見詰めることはないだろうから。  夕陽に染まる羊の国を一瞥し、上の階への階段を上り始める。 「あ、ご飯食べようよ! お腹空いた!」 「無論そのつもりだ」  また独りで食べようとしていたのかと、アルの後ろを付いて行く。二階の広間のテーブルに朝スウードが置いていってくれたパンと果物がそのまま置いてあった。アルは昼ごはんは食べなかったのだなと思いつつ、テーブルにつく。 「うん、やっぱりパンもバターも美味しい!」  バターをたっぷりつけたパンを頬張り、静かに果物を食べるアルを見詰めた。こうして誰かと食べる食事が楽しかったことを思い出す。パンは朝より少し硬くなっていたけれど、それでも美味しいと思うのは、きっとアルのせいだろう。  翌日目が覚めて、真っ直ぐにアルの居る二階に向かった。寝ていたらベッドに飛び込んで驚かせてやろうと思っていたが、アルは窓際に座っていた。  掌の上で青い鳥が餌を啄んでいるのを静かに見詰めている。昨日みたいに鳥を驚かせないようにゆっくりと近付く。 「ロポか」  こちらを見もせずに声を掛けられたので、びくっと肩を震わせた。気配を消していたし、鳥は餌を食べるのに必死で逃げ出さなかったが、アルの耳が反応していたのに気付いた。 「餌やり、だよね? 俺もやっていい?」  アルが小さく頷くのを見て、彼と同じようにテーブルの上にあったパンを細かく千切って掌に乗せる。と、アルの手の上から一羽こちらに飛んできて啄み始めた。 「可愛いね」  返事はなかったけれど、アルがこの鳥との交流を楽しんでいるのは確かだった。鳥を見詰める彼の表情はとても穏やかだから。 「名前はある?」 「あるものか。これらは自由な存在なのだ」  可愛がっているなら名前くらい付けそうだと思ったけれど、そういう性格でもないか。  俺は森の真ん中を流れる川に住んでいるヌシの大魚にケヴェンと名付けて呼んでいた。俺たちの言葉で、「リーダー」を意味する名前だ。

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