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第15話 本当の気持ち①
俺が連れてこられてから、そうやって朝昼晩と食事を共にした。
アルの仕事部屋にはスウードの鉄壁の防御により近付けなくなったので、アルが仕事をしている間は本を読んだり昼寝したり、スウードの淹れてくれる紅茶とおやつを食べたりして過ごした。
アルやスウードに物の名前や使い方、簡単な文字とその意味など、色々と教えてもらいながら、十日ほど経った頃。
一番初めに読んだ植物図鑑を開いてみると、書いてある文字がいくつか読めるようになっていた。ナイト・クイーンというらしい植物の名前が目に入る。
「クイーンって、女王ってことだよね」
「そうだな」
ふと、前の王様は女王だったことを思い出す。つまり、アルのお母さんだ。
「アルのお母さんってどんな獣人だった?」
スウードは「唐突だな」と苦笑した後、少し考え込んだ。
「僕は会ったことが無いし、噂でしか知らないが、とても気高く美しい方だったそうだ。女王は勿論αだったから、御母上はもうひと方いらっしゃるのだが」
「そっか。女王の番になったΩが居るってことか」
αβΩ、そして番については、ちゃんとした知識が未だにない。後で教えてもらわなければ。
「レムリアという名の女性だ。国を持たない少数民族ガゼル族で、ダマガゼルという種の長身で細身の美しい方だった、と聞いている。牛族の国に住んでいたが、羊族との取引で、羊毛の輸入を優遇することを条件に連れてこられた、とも」
そういえば俺も犬族の王様に売られたのだ。同じように羊毛が欲しかったのかバターが欲しかったのか知らないけれど。俺やアルのお母さん以外も、今まで似たような理由で連れて来られてきたのだろう。
「シャーズィヤ女王とレムリア様はたいそう仲睦まじく、すぐに番となられたそうだ。陛下がお生まれになってからは、お身体の弱かったレムリア様に代わり、女王が陛下のお世話を積極的になさったと聞いている」
「アルはお母さん達に愛されていたんだね」
俺の言葉に、スウードの表情が翳る。
「……陛下が、一歳の誕生日を迎えてまもなく、牛の国の王が、ダマガゼルの数が減っていることを理由にレムリア様の返還を求めた。女王は無論抵抗したが、国交を断絶するとまで言われてしまい、止む無く……番関係を解除なさった」
劣性のΩという珍しい存在は、王様にとっては都合のいい道具でしかないのだろう。その獣人の生き方を決めて、思いのままにしてもいいという身勝な考え。怒りを覚えないと言えば嘘だ。
「女王はその後から陛下のお世話をなさらなくなり、まるで魂が抜けたように一日中外を眺めて過ごされるようになった。そして……陛下が八歳の時、女王がこの塔の窓から転落し、命を落とされた」
「転落……その窓、って……」
スウードの視線が広間の窓に向いて、背筋が凍りつく。アルが、いつも佇んでいる──。
衝動的に上の階に走り出していた。そしてアルの仕事部屋に飛び込んで、そのままアルに走り寄る。驚いている様子のアルの顔を見たら、何だか胸が苦しくなって抱きついた。
「急に何だ」
平坦な声だが、僅かに言葉じりが柔らかい。
「アルは……お母さんのこと好きだった?」
「……何かスウードに聞いたのか?」
アルの首に腕を回し、しがみついたまま小さく頷くと、アルが深く息を吐き出す。
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