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第20話 気高き羊王と運命の番②

 言い訳としてはちょうどいいものを持っていたなと抱えていた本を持って本棚の方へ向かう。しかし大量の本があって、どこから取り出したものか分からない。 「ここだ」  すっと持っていた本が後ろから取り上げられて、直ぐ近くの棚に納められる。いつの間にか真後ろに立っていて、すごく距離が近かったせいもあって心臓が跳ねた。 「……熱があるのではないか? 顔が赤いぞ」 「っ、何でもない!」  くるっとアルに背を向けて、顔を熱くしていると、じっと俺を見ているのか視線を感じる。 「な、なに?」 「……いや」  振り返ると、アルは俺の横を通り過ぎて、再び机に向かった。俺はアルの机の横に立って、どうすればいいか考える。 「もうすぐ昼食だって」 「そうか」  俺が居られるのは、明日までなのにアルは変わらず仕事をするんだな、と思う。まあ、うるさい奴が居なくなってせいせいすると思っているのだろうけれど。 「それまで……ここに居たら、ダメかな。邪魔は、しないからさ」  アルがペンを走らせる音だけが、部屋に響く。紙を丸めて、ろうそくを傾け、王族の紋章が彫られた判でろうの上から押さえて封をした。これらの物の名称やどうしてこうするのかということは、全部アルが教えてくれた。 「好きにすればいい。今までロポが私の承諾を求めたことがあったか?」  言葉だけなら冷たく聞こえたかもしれないけれど、アルの俺を見詰める瞳は、拒絶するものではなく、寧ろ温かくさえ思えるものだった。 「ただ、床ではなく、そこの椅子に座ることだ」 「分かった!」  アルが示した丸椅子をアルの隣に持ってきて座る。机の上に置かれたいくつもの書状を眺めてから、隣に居るアルの顔を見上げた。綺麗な金の瞳が俺を捉える。そして何も言わずに、書状に視線を落とした。  足をぶらぶらさせながら、机の何が書かれているのかほとんど分からない紙を見つつ、時折アルの整った横顔と紙を捲る細く長い指を見詰める。しばらくそうしていると、部屋の外から美味しそうな食べ物の匂いがしてきた。この匂いはきっと、トマトという赤い実だろう。他の野菜の匂いも混ざっているから、きっとスープだ。  テーブルの準備をしている音が聞こえた後、スウードが部屋をノックして、「陛下、昼食の準備ができました」と声を掛けた。そしてアルと一緒に部屋を出ると、俺を見て大きな溜息を吐いた。  一日振りにアルと昼食を共にする。明後日の朝には、俺はこの塔を出るだなんて少しも思わないくらいに普通で、全部嘘だったらいいのにと思えた。俺もその話をアルにもスウードにもしなかった。その話をしたら、アルから決定的な言葉を言われてしまう気がして怖かったから。  その日の夜も、夕食を取って羊の国の食べ物と俺が森で食べていた食事の話などをして、自室のベッドに横になった。あと一日か、と思う。  結局俺には何も起きなかった。朝食べなかっただけでは、やはり実の効果が切れなかったのだ。  でも、良かったのかもしれない。俺がしようとしていたのは、アルの気持ちを考えない行動だった。俺を番に選ばなかったのは当然の結果だ。  前女王とその番――アルのお母さん達はとても美しい人だったという。それから考えたら、俺は背も小さく汚い犬ころだ。アルが俺に似ていると言っていた狸も熊も獣人の図鑑に載っていたけれど、とても美しいとは言えない姿だったから、そういう風にアルは俺を見ているのだろう。  俺がもう少し小綺麗で、アルに釣り合う容姿だったら好きになってくれただろうか。番に選んでくれただろうか。  目を瞑る。せめて今朝の夢の続きを見せて欲しいと思いながら、まだ降り続いている雨の音を聴きながら眠りに落ちて行った。

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