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第29話 幸運という名の犬③

 ロポは嬉しそうに僕を見上げた。予想外の言葉に驚く。 「城から抜け出す方法が無くってさ。そしたら、用水路は上流と下流しか警備されてなかったから、スウードが下流の警備の時を狙えば会えるんじゃないかなあって。会えてよかった!」 「……僕に会うために泳いでここまで来たのか?」 「うん! ちょっと流れが速かったけど、おかげで思ったより楽だった!」  城は用水路のほぼ始点に当たる上流にある。あの位置からここまで、距離にして最低でも二キロはあるはずだ。その距離を、ずっと泳いで──。 「俺とアルが城で生活することになってから、会えなくなっちゃって……スウードがどうしてるか心配だったんだ。アルも心配してる」 「陛下が……?」 「うん、口には出さないけど、城警備の担当に毎日スウードがどこで何の仕事してるか聞いてるんだよ」  ロポがわざわざ苦労して会いに来てくれたこと、陛下が僕のことを気にして下さっていること。ただの一従者でしかなかった僕のために──それは、とても嬉しい報告だった。 「αは番が居ないと国に入れないんだってね。スウードも誰かと番になればいいのに! あっ、俺のお世話をしてくれてる羊族の女の子が居るんだけど、とっても可愛いよ! 優しいし、おっとりしてて。白い毛がふわふわなんだ!」 「こら、勝手なことを言うな。相手に失礼だろう」 「うー……ごめん! けど、スウードと一緒に居たくて」  そう想ってくれるのは嬉しいが、番となる相手があってのことだ。それに、城で陛下の側で働くとなれば、運命の番でも無ければ何か間違いが起こらないとも限らない。そうなると、奇跡でも起きなければ難しい。 「アルもスウードの紅茶が飲みたいって言ってた! 『スウードは天候や私の体調を見て茶葉や淹れ方を変えてくれた』って」  ロポが陛下の真似をしながら言うのに思わず笑みが溢れる。そして、僕の努力が評価されていることが知れて嬉しかった。 「陛下もロポも変わりなく安心したよ。陛下とは仲良くやっているようだな」  と、ロポが急に耳を伏せて、泣きそうな表情になる。陛下と何かあったのだろうか。まさかそれで、僕のところに逃げてきたとか……? 「……アルが、あれから子作りしてくれないんだ」  ロポは涙を目に浮かべながら、僕の目を真っ直ぐに見て言った。恐らく本人にしたら真剣で深刻な悩みだったんだろうが、僕は不意打ちを食らって顔から火が出そうなほど熱くなる。 「俺、ずっとあの実を食べてたから、成熟? してないんだって……だから、発情期(ヒート)が安定して来るようにならないと子ども作れないかもって……お医者さんが言ってた」 「そ、そう、なのか……」  ぐすぐすと鼻を赤くしながら涙を溢すロポに、どうしたらいいのか戸惑いながら掛ける言葉を探した。 「確かにこの国にとって嫡子が生まれることは大事だが、ロポの身体で子が生まれないと言われたわけではないのだろう? 急ぐことでもないのだし、気にしなくても良いと思うが……」 「でもっ……子ども作れなくても、俺アルに触って欲しいんだもんっ……!」  頭を木槌で殴られたかのような衝撃が走った。堪らず僕は顔を片手で覆いながら、ロポから視線を逸らす。 「もう俺と子作りするの嫌になったのかな……触られて気持ち良かったのって、俺だけだったのかなぁ……」

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