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第44話 秘められた真実⑤

 彼はああいうことを他の客にもしているのだ。僕にとっては初体験だったとしても、彼にとっては特別な事ではない。僕は彼の数ある客のひとりで、僕が居なくなった後には、また別の客を取ることもあるのだろう。 「そ、そろそろ出るよ。君の仕事の邪魔をするわけにはいかないから」  胸の辺りをぐるぐると渦が巻くような妙な心地がして立ち上がる。 「そんなこと気にしなくたって良いのに」  そう言った彼の声はどこか淋しそうで後ろ髪を引かれる想いがした。きっとそれもまた接客の一つなのだろうけれど。 「じゃ、来週な!」  部屋のドアを開けると、ルシュディーが駆け寄ってきて後ろから抱きつかれる。突然のことにびくっと身体が反応する。 「あ、ああ、また……」  振り返るとルシュディーが軽く頬に口付けてニカッと笑った。顔は熱くなり、心臓の音は激しく高鳴る。  部屋を出て、誰かがドアの向こうにいる気配を感じながら廊下を通り抜けた。階段を降り店を出て、ほっとして溜息が出る。ここに来るのは二度目だが、どうも慣れない。 「お前……ネックレスをどうした?」  唐突に話し掛けられて驚き、「えっ?」と咄嗟に聞き返した。声を掛けたのは、用心棒のマタルだ。 「……いや、人違いだ。忘れてくれ」  マタルは舌打ちしてそう言い、それ以上は何も言わなかった。  僕は首を傾げながらも、店を後にした。彼と僕は会ったことがないから、恐らく他の銀色の毛の犬族と間違えたのだろう。来週もここに来るから、その時に聞いてみようか。  そんなことを考えながら、誰かに遭遇しないよう慎重に周りを見回しながら城への帰路に着いた。  翌日、朝からロポの機嫌が良かった。どうやら上手く仲直りできたようだ。しかし、心なしか陛下の表情が暗かったのでどうしてだろうと思っていた。  その理由はすぐに分かった。邪魔をしないように、でも役立てるように、とロポはできる範囲で陛下の手伝いをし始めたのだ。  まずは忙しく城を離れられない陛下に代わって、城に寄せられた陳情の一つ一つを街に直接出向いて見聞きするというものだった。  羊の国は他国と比べΩが多いこともあり治安が良いから、ロポに危害が加えられるようなことはないだろうが、それでもトラブルに巻き込まれる可能性がないとは言えない。  僕は陛下の御側を離れるわけにはいかないので、側仕えのリリと街に詳しくしっかり者のサーラ、護衛に犬族の兵士ムルシドを推挙した。ムルシドは幼い頃からともに育った信頼のおける獣人だ。  しかし、リリはおっとりした性格だし、ムルシドは少々間が抜けた男だ。サーラが同行してもらえると安心感が増す。  そのことを伝えにサーラのもとを訪れたが、変わりのない様子で元気に働いていた。  サーラは掃除係の仕事が忙しいことを理由にあまり乗り気ではなかったが、特別手当が出ることとその金額を教えたら「喜んで!」と笑顔で承諾してくれた。  あの後ヤザンはサーラに土下座して謝ったそうだが、「何のことか分かりかねますが、許しを乞うなら普段の言動から正したらどうですか」と冷たくあしらったのだという。流石というか、彼女らしいというか。  さて、ロポが執務室に入り浸ることもなくなり、陛下の仕事も滞りなく進み始めた。  ロポとその一行もサーラのフォローのお陰で上手くいっているらしく、寝る前に陛下に楽しそうに一日のことを報告するそうだ。陛下もそのロポの様子にご安心召されたようで、僕も安堵する。  あとは、僕の母の調査だけだ。  来月の披露宴の準備が忙しくなってきて、あと二週間が残された猶予だと思えた。  披露宴の前後は忙しくなるし、披露宴が終われば議会が本格的に始動し始める。そうなれば、あまり時間が取れなくなり、一旦ストップせざるを得ない。  そうして、またルシュディーのもとを訪れる日がやってきた。

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