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第52話 運命はただそこに②

 そういえば、前にマタルに「ネックレスはどうした」と聞かれたことを思い出した。彼は僕の姿を見て僕が何者であるかを知っていたのだろう。しかし、僕の様子を見て何も知らないと思って、何も追及しなかったのだ。 「ムルシドさん! 勝手に飛び出していくなんて、職務放棄も甚だしいですよ!」  息を切らしてサーラがこちらに走ってくる。その後ろからロポがリリと一緒に走ってきているのが見えた。王妃にそんな真似をさせたとあったら、よその国なら縛り首だろうな。 「え? ちょっと出てくるって言ったよ?」 「了承を得てません! それを勝手と言うんです!」  憤慨しているサーラに対して、ロポは「そんなに怒らなくてもいいよー」と呑気に割って入る。 「それにちょうど良かったじゃん。スウードに聞かなきゃいけなかったんでしょ?」 「そ、それは、そうですが……分かりました。今回は王妃様のお優しい御心に免じて上に報告は致しません。以後重々お気を付けください」  ムルシドは満面の笑顔で「わかった!」とどう考えても三歩歩いたら忘れそうな返事をする。悪い男ではないのだが、こういうところは昔からよく年上の仲間を怒らせていた原因の一つだった。  しかし、ムルシドといいサーラといい、今日は僕に用があるというひとが仕事以外の用事で重ねてやってくる不思議な日だ。 「スウードさん、お知り合いから貰ったと言っていたブレスレットを伯父の店に売りましたか?」  ブレスレットと言われて、一瞬ネックレスと混同したが、ルシュディーが落としたブレスレットを拾ったこと、サーラが清掃で部屋に入った時に棚の上に置きっ放しにしていて高価なものだと教えてもらったことを思い出した。その後、ブレスレットはルシュディーに返している。 「どういうことですか……?」 「伯父の店にあのブレスレットがあったんです。似た物かと思いましたが、金の部分の装飾も同じでしたし、あのブレスレットと同じ質とカットの石は早々出回りませんから」  最後に会った日も、ルシュディーは身に付けていた。何より産みの父の形見だと言って大切そうにしていた。そのブレスレットが売られるなど想像できない。 「その様子だとやはり売っていないんですね? 伯父が言うには褐色の肌に黒髪の、羊のΩの青年が売りに来たと言っていました。もし盗まれたということなら――」 「店はどこですか? 教えてください!」  父を想いながらブレスレットに触れていたあの切なげな横顔が思い浮かぶ。ルシュディーがそんな大切な物を売るなんて信じられなかった。 「い、今から行かれるんですか? お仕事は……?」  陛下に紅茶を淹れるために出ていたことを思い出す。それ以外にも明日の会議の準備もしなければならない。 「行ってきなよ! アルには話しとくし」 「いや、でも……」 「アルも最近ずっとスウードが変だって心配してたし、一日ショクムホーキ? しても怒られないって!」  胸の内がざわざわと騒いで、こんな状態で平静に仕事を熟すことなどできそうになかった。また陛下にお気を遣わせるばかりだろう。 「すまない、用が済んだらすぐに戻る……!」  僕はサーラに店の場所を教えてもらい、居ても立っても居られず城を飛び出した。  商店が軒を連ねる一角に、宝石店はあった。この辺りは何度か見て回ったことがあったが、一つ一つの店を覚えていなかった。特に自分に一番無関係な宝石については店内に入っていないので、印象に残っていなかったようだ。  店の中には、店主だろう羊族の中年の、小太りの男性が、宝飾品の並べられた店の真ん中に立っていた。 「サーラさんの伯父の方でしょうか。サーラさんからブレスレットのことを伺って来たのですが……」 「ああ、スウードさんですね。ブレスレットはこちらです」  売り物と分けてくれていたのか、カウンターの裏からブレスレットを取り出した。匂いを嗅ぐと、鼻腔にほのかに甘い香りが広がる。間違いない、ルシュディーのものだ。

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