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第55話 運命はただそこに⑤
式の事後処理に追われつつ、慌ただしく最後の来賓を見送った後、ようやく一息吐く。しかし明日から五日後に始まる議会の準備を始めなければならない。更に陛下は返礼の品と書状を各国に送らなければならないので、お疲れも取れず、一息つく暇もないだろう。
「あ、スウードさん!」
城の周辺や場内の警備をしている羊族の衛兵が走ってくる。
「門の前に犬族のマタルって方がいらっしゃっていますよ」
「分かりました。ありがとうございます」
思わぬ来訪者に驚きながら城の外に出ると、門のすぐ脇で、頬に傷のある焦げ茶の毛の犬族の青年が塀に寄り掛かって立っていた。僕の顔を見ると黙って真っ直ぐに近付いてきて、ポケットから何かを差し出す。
「忘れていくな。大事にしろ」
銀のネックレスを僕の掌に乗せる。ルシュディーを追って娼館を飛び出した後、陛下やロポに事情を説明したり、披露宴が控えていたこともあって娼館を訪ねられないでいた。
「ああ、ありがとう」
そう答えると、城を一瞥し、そのまま踵を返した。僕は気になることがあって慌てて肩を掴んだ。
「マタル、君は昔父親と追手から身を隠すために犬族の国の村に住んでいたと聞いた。その村は劣性のΩだけが住む村だったと」
「……それがどうした」
マタルは振り返ると、僕の真意を読み取ろうとするように射るように見る。
「いや、勘違いだったらすまない。しかし、その村は王妃の――ロポの生まれ育った村じゃないのか?」
ロポは父親を知らないと言っていた。外界との生活を途絶したような深い森の奥にある村だ。Ωだけで子供は作れない。その上劣性のΩが生まれるには、βの父親が必要になる。僕がロポを連れ出すまで外からの来訪者が無かったと思われるのに、だ。それはつまり――。
「もしかして、ロポの父親は……君は――」
「知る必要ないだろ」
ぴしゃりと低い声が言葉を遮るように発せられる。
「俺の父親も俺も、狼族の奴隷だった。そんな不都合な真実を知って、誰が幸せになる?」
マタルは僕の手を振り払って、背を向けて歩き出した。
「ロポはきっと喜ぶ! 兄弟が居るって知ったら! 絶対に!」
その背に向かって叫ぶ。耳がぴくりと反応したように見えたが、マタルは振り返らずに挙げた片手をひらひらと振って、そのまま去っていった。
僕があえてこのことをロポに伝えることはない。しかし、いつか真実を知る時が来ることを、願った。
「まだ仕事してるのー?」
唐突に執務室の扉が開き、膨れっ面のロポが顔を覗かせた。気付くと外は日が沈んで、暗くなっている。
「残りは明日に回そう。流石に疲れた」
「はい。その方が宜しいかと」
執務室で何通目かの礼状を書き終えたところで、陛下は眉間を押さえて溜息を吐いてペンを置く。
「やった! じゃ一緒にご飯食べよ!」
ロポが陛下の手を引くと、柔らかな表情で「ああ」と頷いた。
披露宴前から今日まで、陛下は来賓と食事を取っていたが、ロポはテーブルマナーを勉強中なこともあり同席できないため、ひとりで寂しそうだった。久々のふたりきりの食事に、嬉しそうに部屋を出ていく。
「あ! そういえばスウード、ルシュディーが今夜から宿に泊まるんだって。仕事もしばらく休むって。知ってた?」
「宿……? いや、聞いていないが」
何だろうか。体調がすぐれないということなら自室で休めば良いし、わざわざ宿を取る必要は無い。今朝会った時は特に変わりは無さそうだったが──。
「発情期だろう。使用人のΩで抑制剤を使わない者は、時期が来ると城の外に宿を取ったり、部屋を借りたりしていると聞いた」
「へー、そうなんだ!」
思わず「えっ」と声が出る。今思い返してみれば、今朝ルシュディーと会った時、どことなくよそよそしい印象を受けた。挨拶をしただけでさっさと立ち去ってしまった。いつもなら抱擁からの接吻という流れるようなルーティンがあるからだ。
「あれ? じゃあ何でスウードに言ってないんだろ? 番になるには発情期に──」
「余計なことを言うな。もう行くぞ」
陛下は話を遮りロポの手を引いて行ってしまった。
残された僕はテーブルの上の紅茶セットを片付けて、執務室のドアを閉めて、厨房に向かう。
「スウードさんどうしたんすか? 顔がヤバい色になってるっすよ!」
「なん、でも、ない、です」
トレーの上のティーセットががたがたと音を立てていて、あわやひっくり返すというところを厨房係のヤザンが受け止めてくれる。
その時何か声を掛けられた気がするが、頭に入って来なかった。ほとんど逃げるように厨房を出て廊下を歩く。
顔が熱い。心拍数が上がっている。緊張しているのか、全身の筋肉が強張っているようだった。
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