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 涼しいを通りこして、朝晩に冷たい風が吹き始めた頃、俺達は朝食の後の珈琲を味わいながら、スケジュールの確認をしていた。  実際のところ、表のCEOとしてのミハイルの業務スケジュールはベテラン秘書のタニアが、裏のレヴァント-ファミリーのボスとしての行動スケジュールはニコライが設定している。  俺はまぁ目を通すだけなのだが、ボディーガードもしくはパートナーとして同行する必要のあるイベントには、赤で『R 』の文字が添えられている。  言ってはなんだが、これが意外に多い。会社関係のレセプション、パーティー、視察の同行。滞在時間は極めて短いが、数が多い。純粋にミハイルのスケジュールだけ見れば、会議やら会談、面会、会合、講演会やワークショップの主宰者挨拶etc. ....取り混ぜたら分単位を通り越して秒単位のスケジュールだ。  俺は、びっちりと埋め尽くされたタブレットのカレンダーを見るたびに目眩を覚える。 『ミーシャ、仕事を詰めすぎじゃないか?...休養も必要だぞ』  事ある毎に心配する俺に、ヤツは済まして『大丈夫だ』と取り合わない。しかも、 『心配はいらない。八時以降は大概空けてある。お前との時間はきちんと確保してある』  と胸を張って俺をじっと見る。  いや、そういう話をしている訳ではないんだが...。  しかも、昨年は春から夏にかけて、例の一件で相当バタバタした。崔の死後、一年がかりで漸く収拾を付けた。農民の生活を考え、ゴールデントライアングルの芥子畑からさほど遠くない場所に医療用モルヒネの精製工場を作らせて、徹底的に製品管理をさせるようにした。と同時に、ミャンマーに売りつけた戦闘機の納品がつい先頃済んだばかりだ。  ミハイルのワーカホリックぶりは以前からだが、ヴィボルグでの不意討ちで負傷して病院に担ぎ込まれ、安静を要求されているときでさえ、仕事の指示を飛ばしまくっていたという。 『それ以前に、あなたが連れ去られたことに非常に激怒されてましたからね。病院に押し止めておくほうが大変でした』  ニコライに言わせると、それはもう大変な有り様で、腕っぷしの強い連中を24時間体制で配備して、徹夜でGPS チェックをしていたという。お疲れ様、ニコライ。  カレンダーを送りながら、タッチペンで『閲覧済み』のチェックを入れていた俺は、ふと妙なスケジュールの空白を見つけた。週末を入れて、一週間ほど。ミハイルがこれだけ長く休みを取るのは珍しい。 「季節遅れのバカンスか....まぁ休みを取るのはいいことだ」  とサインを入れようとして、事由欄に奇妙な文言を見留めた。 ーМедовый месяц(新婚旅行)ー 「なんだこれ?」  同行者の欄を確認してもあるのは『R 』の文字だけだ。俺が眉をしかめてミハイルを見ると、ヤツは得意げに胸を張った。 「ハネムーンというやつだ。式は挙げたが、まだ新婚旅行はしてなかったからな、思いきって時間を取った」 「あのなぁ.....」  俺はいつもながら、ヤツのぶっ飛んだ発想には頭を抱える。 「ロシアでは同性婚はタブーだろ?」 「だがラウル、お前は俺の妻だ」  ミハイルは新調した俺の薬指の指輪をじっと見詰める。相変わらずのGPS 付きで今度はプラチナ合金だ。崔に捻り潰されたのがよほど腹がたったらしい。  俺は小さく溜め息をひとつ落として、ヤツに訊いた。 「で、何処に行くんだ?」  ヤツは懐から真っ白な封筒を取り出し、微笑んだ。 「ドイツ......ベルリンだ」

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