2 / 7

 サンクトペテルブルク空港からルフトハンザ機でベルリン-テーゲル空港へ向かう。ミハイルは珍しくラフなジャケットスタイルで、俺もジーンズにカッターシャツとレザージャケットという、久しぶりリラックスできる、らしい格好を許されて、実に快適な気分だった。  移動時間は約2時間。ファーストクラスの料金が勿体ない気がするが、表でも裏でも厳重な警護が必要な立場だ。リスクを軽減するには、多少の出費は構わない....らしい。 『だったら自家用ジェット使えよ』 という俺にミハイルは、苦笑いして言った。 『あれは会社の持ち物だ』  つまりは今回は完全プライベート、お忍び流行というわけだ。が、相変わらず、目付きの悪いゴツい野郎共が、着かず離れず周囲に目を配っている。まぁ表...公的にはプライベートでも、ボス業に休みは無い....という訳か。  ニコライは相変わらず無表情で会社の重役達と何やらやり取りしている。ニコライいわく会社の留守は、実質、姉のタニアが仕切っているので、一週間くらいなら態勢に影響は無いのだそうだ。  俺は、観光パンフレットを片手にあれこれ眺めるが、たぶんミハイルのプランは固まっている。行きたいところはなんとなく解るから、いいとしよう。  俺達がベルリンに着くと、一台のBMW が迎えに来ていた。まぁドイツだし、特に目立つこともない。.....とウィンドウが開いて顔を出したのは、イリーシャだった。 「荷物はトランクにありますから、乗って」 「済まんな」  俺はミハイルと一緒に後部座席に乗り込み、ニコライがナビゲーション-シートに収まる。 「では、まずブランデンブルグ門へ....」  畏まってナビをセッティングしようとするイリーシャをミハイルの声が止めた。その横顔にはなんとはなしに優しげな苦笑が浮かんでいた。 「いや、ホテルまででいい。後は自由に過ごせ」 「お気遣いありがとうございます」  含みのたっぷりありそうな会話だ。それに、イリーシャの前職も引っ掛かる。俺は思わず、滑らかにハンドルを切るイリーシャに訊いた。 「イリーシャ、あんた大丈夫なのか?」 「何が?」 「だって......あんた元KGB だろう?ここは西側じゃないのか?」 ははっ.....とイリーシャが小さく笑った。 「私の故郷だよ、小狼(シャオラァ)。私はこの街で産まれた」 「え?」  目を丸くする俺にミハイルが言った。 「第二次大戦後、ドイツは二つに分割され、東ドイツはソ連の統治下から独立した。1990年の東西の再統一までは我々の陣営にあったんだ」 「私はドイツ駐留の大使館付きの将校の息子でね。ベルリンに『壁』が出来る少し前に祖国に帰った。今はここは統一ドイツになったが、当時移住した同胞も多い」  イリーシャが遠い目をして言った。 「ロシアと西側諸国は、今は表立って緊張関係にあるわけではない。裏側はともかくな。イリーシャは既に退役している。さほど警戒はされない」 「ふぅ....ん。じゃあイリーシャは里帰りかぁ」 「そういうことになるな」  そうこう話している間にBMW は洒落たホテルのエントランスに横付けされた。イリーシャが、トランクからバッグを下ろし、ポーターのキャリーに乗せた。 「良い休日を.....」  俺とミハイル、ニコライを残し、イリーシャは相変わらず滑らかに走り去った。 「心配はいりませんよ」  ニコライが俺の胸中を見透かしたように囁いた。 「ここは、うちのグループ会社の経営する会員制ホテルです。お忍びですが、オーナーの視察と支配人には伝わっていますから、警備は万全です」 「あっそぅ.......」  確かにフロントマンは異様に緊張していたし、館内の旅行客らしき姿もあまり多くはない。直通エレベーターで辿り着いたのは、やはりスイートルームだった。 「お忍びなんだろう?普通の部屋じゃないのか?」  俺が眉をひそめると、ミハイルがニヤリと笑った。 「まぁ、入れ」    訝りつつ、ドアを開けた。リビングは普通に来客用のセッティングだが、ベッドルームを覗いた途端、目眩がした。  デカいキングサイズの天蓋付きベッドに薔薇の花弁で描かれたデカいハート。それと枕元で二匹のウェルカム-ベアが「Congratulations!」と書かれた可愛らしいカードを掲げて抱き合っていた。 「なんだこれ?」  俺はまさかと思いながら、おそるおそるミハイルを振り向いた。ヤツはいかにも満足そうに微笑んでいた。 「新婚カップル用のスイートルームだ。『特別に』セッティングを視察させてもらうことにした」  俺は真剣に卒倒しそうだった。    

ともだちにシェアしよう!