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Ⅲ
ベルリン最初の夜は、少々大人し目にホテルの部屋でルームサービスのハネムーン-プレートを食した。まぁさすがにオーナーの試食ということで、シェフも真剣に腕を奮ったらしく、味は最高だった。デザートのビーネンシュティッヒも上質な蜂蜜を使っているらしく甘過ぎず上品な味ではあったが、名前が『蜂の一刺』というのは、なかなかにシュールだ。
「お前のようなケーキだ」
ミーシャがパクリと一口、俺のフォークから食らって笑う。
「甘い微笑みに、必殺の一撃.....お前そのものじゃないか」
「それを美味そうに食らっているのは誰だよっ!」
俺が皮肉混じりに睨むとヤツがニヤリと笑う。
「ヤバいものほど美味だからな。女王蜂の針の一刺にぞっこんに参っている輩も少なくはないがな」
「俺は女じゃねぇって....」
軽口を叩いている間に総支配人が挨拶に来た。如何にもホテルマンらしく品も良く礼儀正しいが、やっぱり時折見せる目付きがヤバい。後で訊くと、直轄のファミリーの頭らしい。いわゆる支部長クラスだ。
各国の裏表の要人向けのセキュリティや施設も万全だという。
「おかげさまで、収益も順調です」
て、そりゃそうだろう。脛に傷持つ連中は金に糸目は着けないもんな。
食事の後は、ヤツは軽くウォッカを嗜み、俺はドイツのドラフトビールを開けた。
「明日は早いから、夜遊びは無しだ」
早々にシャワールームに追い立てられ、ミハイルに泡だった手で撫で回されて、早くも俺の息は上がってくる。
「わかってるよ」
俺はヤツの首に腕を巻き付け、首筋に額を擦り付けながら、甘い息で答える。
「スニーカー持ってきたほうが良かったんじゃないか?」
「大丈夫だ」
ふふっと小さく笑うヤツの唇にキスをして、上目遣いで見つめる。そう、今回の旅行は、俺と『ミーシャ』の旅だ。ミハイル-レヴァントの上着を脱いだミーシャと歩けるのは、俺も嬉しい。きっと明日は1日、博物館巡りだ。ミーシャのミーシャらしい顔が見られる。俺は嬉しくなって、ベッドで少しサービスしすぎてしまった。
予想通り、翌日は一日博物館巡りだった。
ミハイルは、ムゼウムスインゼル(博物館島)のルストガルテンに建てられた旧博物館の展示物や、新博物館のネフェルティティの胸像が展示に見惚れ、旧国立美術館も制覇した。
そういうものがさほど嫌いではないニコライもさすがに辟易していたが、俺は様々な名画や展示物に目を輝かせるヤツを見るのは嬉しかった。
薄暗い展示室を巡りながら、じっと展示品に見入る姿は昔のミーシャそのものだった。手を繋いで歩くのはさすがに少し恥ずかしかったが、誰も気にしないのが有り難かった。
市内に戻っての絵画舘の中世の名画も良かったが、俺はフンボルト博物館のブラキオサウルスや始祖鳥の標本に感動した。
「少し疲れたか?」
と俺を気遣ってくれる様子も昔のミーシャそのままだった。カフェテリアでウィンナコーヒーを味わいながら、俺は最高に幸せな気分で空を仰いでいた。ブランデンブルグ門から続くベルリンの壁の跡を見た時とホロコーストの痕跡を見た時以外は......。
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