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 俺はそろそろと目を開いた。淡い朝の光の中で、鼻筋の通った横顔が静かな寝息をたてていた。閉じられた瞼を縁取る長い睫が光をまとって、金色に揺らめいている。  そろそろと身を起こし、男らしく引き締まった形の良い唇に指を触れる。そっと軽く唇を重ね、離れてまた、寝顔を見つめる。  ふと....熱を帯びた指が俺の背中に触れた。大きな掌が、包むように俺の腰を抱く。  ゆったりと瞼が開きブルーグレーの瞳が俺を見つめ、俺は小さく微笑み返す。 「起きてたのか....」 「今さっき目が覚めた」 「そうか」  暖かな唇が俺の唇を二度、三度と啄む。一方の手が俺の頬に触れ、髪を撫でた。俺達はそのまましばらく無言で見詰め合い、そうしてもう一度軽くキスをした。 「怒ってるだろうな.......」  僅かにへの字に曲げられた唇が呟くように囁いた。俺はその唇を啄んで、ちょっとだけ意地悪に囁く。 「何を....?」 「何って....」  口ごもるミハイルの唇にそっと指を当てる。 「女の格好させられて、オペラ座に連れていかれたことは怒ってる。おかげでよく眠れなかった」 「オペラは眠るものじゃない」  ミハイルが小さく苦笑した。俺もふふっと笑う。 「まぁ、オベロンはあんたに似てるけどな」 「意地っ張りのティターニアもお前に似てる。人の言うことをまったく聞かないところが、な」  くくくっ......と笑う。 「けど、あんたは俺が他の誰かに夢中になったりしたら許さないだろ?」 「当然だ。それにお前は他の誰かに夢中になったりしない」 「大した自信だな」  俺は苦笑いしながらその胸に頬を寄せる。 「私以上にお前を愛してる男はいないからな。女だって.....。だが...」  ミハイルの言いたいことは分かっている。俺はヤツの瞳を見つめて、言葉を待つ。 「お前に...また、家族を失わせてしまった」 「何故?」  俺はヤツの金色の鬣を撫で付けながら言う。 「俺は誰も喪っていないぜ?......レイラは俺じゃない男を選んだだけだ。息子は息子だし。それにお前がいなかったら、父さんのヘイゼルシュタインの家族に会うことも出来なかった」 「ラウル......」 「あのまま、お前に再会することなく、香港でノンビリやってたかったとも思わなくもないが....」  俺は小さく溜め息をついた。 「そうしたら、父さんのことを一生思い出せずに、思い出せないままに崔に殺されていたかもしれない。ファミリーの他のみんなと同じように......」  覗き込むミハイルの瞳が微かに揺れていた。 「だからきっと、『運命』なんだろ.....お前とサンクトペテルブルクで出逢った時から、お前の傍にいる『運命』だったのさ....こういう形かどうかは知らないけど」 「ラウル.....」  ミハイルの手がきつく俺を抱きしめた。 「あの図書館の日溜まりで差し伸べられたお前の手を取った時から、俺の人生は変わった。だが、それを選んだのは俺だ」  ヤツの目が気のせいか少し潤んで見えた。 「それに...俺はあんたの人生まで変えてしまったのかもしれない.....その責任は感じてる」  俺は『ミーシャ』に学者になって欲しかった。可愛い嫁さんと子どもに囲まれて、学問に没頭する普通の生活を生きて欲しかった。けれど、彼はそれを選ばずにマフィアのレヴァント-ファミリーのボス、ミハイル-レヴァントになっちまった。 「責任感、だけか?」  拗ねたようにヤツが唇をとがらせた。 「感謝してるよ。それに.....」  ヤツの指が、くぷりと俺の中に潜り込んだ。 あぁ....と恥ずかしい吐息が口許から零れ落ちる。 「あんたを愛してる......たぶん他の誰よりも、あんたが大事だ」 「私もだ」  ヤツが満足そうに笑い、俺の耳朶を噛んだ。 「ずっと側にいてくれ、ラウル」 「勿論だ........あっ、あぁんっ.....やめっ....」  ヤツ指が俺の敏感なところを掻き立て、俺は思わず背中を仰け反らせた。 「シたくなった」  ヤツの目がガキのように、ニッ.....と笑った。 「もう朝だぞ、バカ....」  窘める俺のそこをミハイルの指がいっそう激しく捏ね回す。 「やめ....あんっ....あぁっ....あくぅ....んんっ...」  刺激されて淫らに腰を揺する俺に、ヤツの声が意地悪く囁く。 「シたくなったか?」 「........バカ」  囁いて、俺はヤツの唇に深く口付けた。  そうして、俺達の小旅行は終わった。ヤツは新婚旅行だと言って譲らないが、俺にとってはとんだ感傷旅行(センチメンタル-ジャーニー)だった。まぁ、人生なんてそれ自体が感傷旅行(センチメンタル-ジャーニー)みたいなもんだ。   ミハイルとふたりでビールとソーセージをたらふく味わい、アウトバーンを飛ばして...この背中の温もりと屈託の無い笑顔があればそんな旅も悪くはない......とタンデムの後ろで夕日を見ながら、俺は思った。  

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