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 ミハイルは、ニコライに何か連絡を入れると、しばらくして白いBMW が俺達の前に止まった。イリーシャが車の窓からにまっと顔を覗かせた。 「郊外の案内なら私がします」 「助かる。済まない。せっかくの休暇なのに」  有り難く後部座席に収まり、礼を言う俺にイリーシャは上機嫌で言った。 「なぁに、小狼(シャオラァ)がベルリンに縁があるとは....俺も嬉しい」  車の中でミハイルは黙ってゆったりと俺の腰に手を回していた。それは性的な何かを醸し出すというより、深い安心感を与えてくれていた。 「ここです.....」  イリーシャが車を止めたのは、小さな墓地だった。周囲を囲む柵は既に錆びていて、古い墓石が淋しげに並んでいる。ミハイルについて周囲を警戒しながら墓石の間を辿り、ひとつずつ文字を拾う。 「ここだな....」  ミハイルの立ち止まったあたりをふと見ると、二基の墓石が寄り添うように並んでいた。刻まれた名前を確かめ、指で文字をなぞる。 ーリヒャルト-ヘイゼルシュタイン......彼方より帰り来たりてここに眠るー 「父さん....」  俺の頬を一筋、滴が伝った。刻まれた年齢は以前の俺よりも若く...時を止めてしまっていた。無言で立ち竦む俺にミハイルが傍らの墓石を指差した。 ーフランツ.ヘイゼルシュタイン...ー 「お前の祖父だ」  俺は頷いて、二つ目の墓石に頭を垂れた時、背後に人の気配がした。振り向くと、二つの小さな花束を手にした老婦人が立っていた。 「あなた方は....?」 と老婦人が訝しげにミハイルを見上げた。腰が曲がり髪も真っ白な婦人は、もぅ目も脚も不自由なようで、傍らの壮年の男性に支えられて、ようやく立っている様子だった。 「墓参に来ました。彼の大事な友人が、遠い国にいるので代わりに....と頼まれて」  俺はミハイルに示され、婦人に会釈した。婦人は尚も訝しげに俺に訊いた。 「お友達は.....なんて仰るの?」  ミハイルが目配せした。俺は躊躇いながら婦人に答えた。 「ラウル.....ラウル-志築といいます。ラウル-志築-ヘイゼルシュタイン...」 「おぉ.....」  俺がその名前を口にすると同時に婦人の目から涙が溢れ出した。 「あの子は?...あの子は元気なの?」  掠れた声が縋り着くように俺に訊いた。  ミハイルが驚いたまま固まっている俺に代わって婦人に話しかけた。 「ラウルを、彼をご存知なのですか?」 「孫よ。私の孫.....会ったのは一度きりだけど、何回か写真を見たわ。元気にしてるの?」 ー祖母なのか、この人が......ー  言葉に詰まる俺の背中をミハイルがそっと押した。俺は頷いて、婦人におずおずと答えた。 「元気です。彼は.....元気でいます。きっと貴女に会いたかったでしょう。残念です。来れなくて.....」 「いいのよ。元気ならいいの。あの子の父....息子も、私の夫も早くに亡くなってしまったから心配してたの。元気ならいいの」  婦人は涙をぽろぽろと溢しながら、俺に両手を差しのべた。 「彼の代わりに.....」  俺は、俺の祖母の老婦人をしっかりと抱きしめた。俺の『友人』として.....。  その様子を傍らで見ていた壮年の男性は父さんの弟だった。彼は俺達を夕食に招待したいと言った。  ミハイルはニコライに一報を入れ、了解を得た...と指先で合図した。    俺達は、イリーシャの車で叔父の家に行き...ビールとソーセージと叔父の妻の腕を奮ってくれた家庭料理をご馳走になった。  叔父と祖母から、父さんの子供の頃の話や若い頃の話を沢山聞いて、『遠い国にいる孫』に渡して欲しいと、父さんが祖父や家族の人々と写っている写真と、父さんの宝物だったという 古いロケットをもらった。中には夫婦寄り添う写真が収められていた。 『あの子.....リヒャルトが大事にしていたの。だから、リヒャルトの子に...ラウルにあげて』  俺は父さんがずっと首にかけていた銀色のものを思い出した。それは父さんの血で少し汚れていたが....間違いなく、それだった。 ー父さん.....ー  夜が更け、俺達はにこやかに見送る祖母や家族の人々に手を振り、イリーシャの車に再び乗り込んだ。  そして、俺はその銀色の塊を握りしめて、泣いた。嗚咽の止まらない俺の背中を、ミハイルがホテルに着くまで撫で続けていた。  そして、その夜、俺はミハイルの腕の中でしゃくりあげながら、眠った。  

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