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「どうぞ·····」 手渡したはいいが、直ぐに男の右手に押し戻される。 「名前書いてみて?」 会話の内容から自分の名前をノートに書けと言うことだと理解できたが、この男がどうゆう意図なのか全く検討がつかない。 「なんでですか?」 大樹先輩の友達だからそんなことはないと信じ難いが、もしかして名前を書くことによって何か悪いことに巻き込まれるんじゃないかと疑ってしまう。 「なんでって·····そんな怪しまないでよ。ただ単に渉太くんの字が知りたいなーって思っただけ」 露骨に表情に出ていたのか、渉太の表情に気がつくと、男は慌ててた様子で苦笑を浮かべながら付け足してきた。余り拒否しすぎるのも悪い気がして、男の言われた通りに授業で使用していたノートの次のページの上部に自分の名前を書いて渡す。 男は渉太の渡した紙を見るなり「へぇー」と頷いては微笑んできた。反応から可もなく不可もなくな感じがして予想通りの反応だった。自分の名前は特別珍しい字体でなければ読み方でもない、ごく一般的に馴染みのある名前だ。 何が面白くて聞いてきたのかと不思議に思いながらも、男は所有者の許可もなく、「ありがとう。君、綺麗な字だね」と喋りながらノートをページごと切り離すしては、次ページに何か書き始めた。 「はい。書いてもらうだけじゃなんだから、 俺の名前。名刺代わりってことで」 ノートを差し出され、中身を見ると「麻倉律仁」と名前だけ書かれたページ。 今どき名刺交換以前にこんなことしないし、思い切り大きな字で書かれたそのページはもう授業では使えない·····。 だからって貰った本人の前で切り離して捨てるという訳にも行かず、渉太はただひたすらに字を眺めていた。別に何の変哲もないとても上手いとは言い難い筆跡。唯一思うとしたら律と一文字違いであるくらい。 「俺さ、人の書く字を見るのが好きなんだよねー。特に綺麗な字書く人が好き」 渉太の字を眺めながら男はそう語り始めた。

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