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相変わらずの繕ったような笑顔を向けてくる男。 「いいえ、結構です」 「別に遠慮しなくていいよ」 遠慮とかじゃなく単純にもう帰ろうとしていただけなんだけど·····。 「女の子たち、みんな揃ってお手洗い行っちゃったんだよねー」 目の前の男は退屈そうにテーブルに並べられた串を取っては頬張りだした。渉太は完全に帰るタイミングを失ってしまったことに困惑する。話しかけてきている男を振り切ってまで図太い神経は持ち合わせていない。 渉太は自分のことなんか構わずに早く友達だと言っていた大樹先輩のところにでも行ってくれないだろうかと思っていた。 「君、名前は?」 そんな願いも虚しく会話を続けてくる男。 「早坂渉太です」 こうなってしまった以上、仕方がないので相手が自分に飽きるまで聞かれたことだけを答えるように淡々と会話をすることにした。 「しょーた·····なんかどこかで聴いたことあるような名前だなー」 男は小首を傾げながら、目線を右上に向けて考えているようだった。渉太なんて字が違えども何処にでもいる名前の響き。ほら、有名人だって何人かいたっけ·····。 「渉太って名前、どこにでもいるので·····」 正座をしては両手を指と指を組み合わせ、顔を俯かせる。相手との会話の間に間ができて居心地の悪さを感じて居た堪れない。 大樹先輩は自分が他の人と仲良くさせたがっているが幾ら好きな人からの願望でも自分にはやはり無理だ。自分に飽きて他所へ行っても構わないと思うのに、今の間で相手を飽きさせてるんじゃないかと怖くなる·····。そのくせ自ら会話を振ることなんて出来ないくせに·····。 「紙とペン持ってる?」 また自分の悪いくせで負のスパイラルに引き込まれそうになっていると向かいの男から救済の言葉が振ってきた。それと同時に渉太の頭にハテナが飛交う。 渉太は言われるがままに自分の肩下げカバンからリングノートとペンを取り出しては目の前の男に手渡した。

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