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忘れもの

午前の講義が終わり、昼の講義まで大学のラウンジでの昼休み。 渉太は大学ノートを広げては深く息をついた。例の『麻倉律仁』の文字。捨てると意気込んでいたものの、いくらノートの片隅とは言えども悪魔で人の書いたものを捨てるなんてことは良心が傷んでできなかった。小学生の時の休み時間、友達が教科書に描いたラクガキを消せずに取っておいているようなそんな感覚。 みんな挙って集まるからか周りの座席はほぼ埋まっていた。騒がしい中に、二人用のテーブルを一人で占領する。こうゆう時サークルの交友関係が活発的だったら講義室に集まったりするんだろうけど·····。あれから大樹先輩に「顔出せよ」と言われていても、先輩に向けた好意がバレず、自分を嫌っていないと安堵しても出向く気にはならなかった。 ノートを背もたれに提げた鞄に仕舞い、時間まで正面を向いてスマホで律のミュージックビデオを鑑賞する。 バラードなんだけど、相変わらずの惚れるくらいの甘く溶けそうになる声。 律自身が作詞作曲したという、胸に刺さる歌詞。誰かを想っているのに、その想いが届かなくて一生叶わなくて悲しい筈なのに前向きな切ない恋の歌。 赤い夕日を見ている律の表情が美しくも切なくて見入ってしまう。幼少期、美少年特有の可愛いらしさでもてはやされていたと言う律にも低迷期はあって、やっと開花した十代最後のときに書いたとゆう詩。渉太はこの律の曲が一番好きだった。 「渉太くん、律好きなんだ?」 「·····!?」 画面に集中していてイヤホンの片耳が外された事に気付かず、耳元で低い声に囁かれ背筋がゾクッとした。声の方に顔を向けると律仁さんが隣に立って自分を見下ろしている。 渉太は驚きの余り、身体を仰け反らせてはもう片方のイヤホンが外れてしまった。 あの後別れた時に被っていた帽子の奥からにこやかに此方を見てくる。 滅多に来ないって言っていたのに何故この人が·····。 囁かれた方の耳を抑えては、まだ、こそばゆい感覚が耳に残って落ち着かない。 渉太は、じっと律仁さんの様子を見ていると目線がテーブルに放り投げたスマホに移ったのに気づいては、慌ててスマホを手に取ると動画を停止させた。

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