43 / 295
※
それから、昼休みにピアノの音が聴こえるたびに渉太は音楽室に入り浸る事が多くなる。
別にどうなりたいとかじゃなくて、いつもの仲間と騒ぐのもいいが、静かに過ごすのも居心地が良かったから。
それに律の曲を弾いているこの人に微かな期待を抱いていたから……。
だからって毎日律の曲を弾いている訳では無いが、渉太が覗きに来ると必ず好きな曲を弾いてくれていた。
そのせいか、この人も律が好きなような気がして勝手に親近感を抱く。
当時は律が組んでいたデュオから解散して再始動したばかり。女性ファンは多かったものの男性ファンは雀の涙程の少数派だったから、もしそうであれば渉太にとっては好きなものを分かち合える凄い貴重な存在だった。
今では考えられないくらいの積極性、その頃は怖いもんなんてなかった……。
ピアノから少し離れたひな壇に座り、弾いている張本人の藤咲尚弥 を眺める。初めて彼を見た日から後で分かった話だが藤咲は隣のクラスで、成績も優秀な自分と桁違いの人物だった。
ピアノのコンクールにも出ていて何個か賞も持っているという話を人伝に聴いて、割と構内では有名人だった。
相変わらず、しなやかな指先で鍵盤を弾く。弾いている横顔が美しくて、耳だけではなく視線までも惚れさせられるくらい。
「藤咲くんって、律.......すきなの?」
演奏が終わり、譜面を閉じたところで藤咲に問いかけてみた。
ともだちにシェアしよう!