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ただ軽い気持ちで質問してみただけ。
最初に問いかけた時から彼とは真面に会話をしていないから、今回もそのままスルーされて出て行かれてしまうような気がしていた。
自分はただ単に藤咲のピアノが聴きたくて来ているだけ。彼にとっては自分の存在など興味に値するような人間じゃない。唯の観客みたいなもん何だろうと思っていた。
問われた瞳がゆっくりと此方を向く。
「尚弥でいい」
「えっ?」
渉太を見据えると静かにそう言い放った。
端正な顔立ちに少し吊り上がった目尻。渉太は妙な威圧を感じて緊張が走った。
まさか彼から答えてくれるとは思ってもみなかった。
「君は?」
「あ、あぁっ、俺は早坂渉太だから渉太で.......」
自身のことを聞かれては渉太は咄嗟に立ち上がる。
「ふーん。そう」
渉太の名前を聞いてきたからと言って特別な反応を見せる訳でもなく、興味なさげに頷くだけ。それ以来、彼は喋りかけてくるような気配はなく、少しの沈黙の時間が流れた。
折角彼が話しかけてきてくれたのだから、会話を続けるチャンスと思っていたが言葉が出てこない。
とりあえず今更ながら挨拶でもしておいた方がいいかと思い、「よろしく」と右手を差し出してみる。
「好きだよ」
「えっ.......!?」
渉太は手を出した手を引っ込めては、上擦ったような声を上げる。
話の流れ的にどこをどう取っても「好きだよ」と言う言葉に繋がらなく、もしかして告白された!?なんて思ってしまう。
そう解釈すると渉太の顔は一気に熱くなった。でもまだ、藤咲とは話したばかりだから順を追って友達から.......。
なんて考えていると、正面の冷めた表情をした彼から「律」と言う単語を聞いて我に返った。
「あ、.......そ.......そうだよな。り.......律さ、か、かっこいいよな」
勘違いをしていた自分が恥ずかしくて穴あったら入りたい。彼は渉太の挙動の意味に何も気づいていないのか小首を傾げては、慌てふためいている自分を不思議そうに眺めていた。
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