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吉澤は深い溜息を吐くと丸めた週刊誌を俺の胸元に押し付けた。並列しながら事務所の廊下を歩いては地下駐車場へ向かう。
「まぁ、ファンの間でも常駐の女だから今回は差程ダメージはないだろうけど、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしておけ」
吉澤の言う通り律仁自身も今回の件からの自分の活動に関しての心配はなかった。
「大体お前は軽率すぎだ。こないだだって、自ら俺に許可なくファンに握手しに行っただろ?」
「悪い?」
「悪いに決まってる。あれで人集りでもできたらどうするつもりだったんだ。もっと自覚を持って行動しろ」
吉澤につい数週間前に撮影現場に渉太が現れて、遠巻きで見ているところを思わず駆け寄ってしまったことを掘り返される。
当然吉澤には大学へ出入りをしていることも、渉太と親交があることも言っていない。
過剰に警戒しているらしく、言った暁には直ぐに「どこの馬の骨かも分からない一般人とはあまり関わるな」と説教されるのは分かり切ったことだからだ。
あの時は久しぶりに見かけた渉太に嬉しくて、本当は律仁で喋りたかったがぐっと堪えてあくまで律として対応した。
結果、目をキラキラさせて、顔を真っ赤にしながら控えめでも好意をアピールしていた渉太が愛おしくて、握手を促すと嬉しそうに重ねてきた手は律に向けているものだと思ったらヤキモチを妬いてしまったんだけど。
律仁の時でからかったり、抱きついてみたりしたら直ぐに「離れて下さい」とか「やめてください」とか言って困った顔しか見たことがなかったから……。
渉太の家に行った時だって理想である律のことを楽しそうに話す渉太をあくまで律仁がいいって言わせたくて、距離を詰めようとした。ほろ酔いしていたとはいえ、焦った結果渉太を怖がらせてしまったのは反省点だった。
吉澤に「撮影が中止になるかもしれなかったんだぞ……」やら「ファンだからってお前はアイドルなんだから」とぶつくさ説教されるが耳を貸す気など全くなく、「あーはいはいはい。もう、ちゃんとします。俺が軽率でした。次からは気をつけます」と言い放っては吉澤を一切見ずに突き進んだ。
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