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ファンであること
「昨日の最終回、柑奈 さん見ました?律、カッコ良くなかったですかー?」
「そうだね」
午後21時の少し前、暇そうにしている女子高校生アルバイトの武内仁香 さんと花井 さんがレジで喋っていた。俺は裏の個室で休憩をしていたが、レジで話している声は丸聞こえ。
聴こえる声は殆どが武内さんで、武内さんが一方的に話してるのを花井さんが偶に相打ちを打っているような印象だった。
「あのことはショックだったんですけどーやっぱり律、格好良いですよねー」
彼女が話しているあのこととは、律の週刊誌のことだろうと直ぐに勘づかせる。
渉太は『律』『最終回』の言葉だけでも既に背筋に緊張が走っていた。
欠かさず見ていた律の番宣もドラマも、録画はしてあるものの真面に観れていない。だから、ドラマの結末も分からないまま。
飾ってあった律の雑誌も背表紙を向けては、あまり意識を向けないようにしていた。
律を見ると律仁さんと過ごした日のことを思い出しては胸が締め付けられるからだった。
好きなのに好きになってはいけない人。
21時になり、休憩時間が終わる。
律の話が一向に終わらない武内さんに花井さんが「もう21時だよ」と帰るように促すと入れ違いで渉太は表に出てきた。
客は当然誰もいなくて、手が空いているので
渉太は店内をモップ掛けをする。お弁当の品出ししていた花井さんの後ろを通ると「お疲れ様」と声をかけられては、渉太は立ち止まっては「お疲れ」と返す。
休憩から上がったばかりなのにと不思議に思っていたが、花井さんが俺と話すためのワンクッション替わりに挨拶をしてきたのだと悟った。
「ビックリしたよね、あの記事。渉太くんショックだったんじゃないかなーって思って」
「別に俺はあの記事のこと、信じてないので。律はそんな人じゃないし」
冷静になって読み返した律と大樹先輩の彼女との天体デートの記事の内容はとても読めたもんじゃなかった。
「律に遊ばれて捨てられた」「毎晩多数の女性と関係をもっていて……」だとか、書き手が律を天から地へと陥れるための悪意に塗れた文章が誌面に並べられていた。
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