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「愛華のことは謝っただろ。だからだよ、 お前がまさに少し前の俺になってるからだ。渉太はいい奴だし、一生関わるなとは言ってない。友達としてなら安心できる奴だよ。だけど恋人としてならお前の立場を考えて少し頭を冷やせって言ってんだよ。下手したら、渉太にだって苦しめることになるんだぞ?」 「渉太は俺と前に進みたいって言ってくれてたし、渉太を俺は絶対お前みたいに苦しめさせない」 それは間違いなく律に向けられたものじゃなくて律仁に向けられたもの。 律だと知ってもなお、渉太はそう言ってくれると信じたかった。 大樹が好きで過去から踏み出せなかった渉太が漸く明るくなったのに、これ以上は苦しい想いをさせたくない。 いつだって自分が渉太に寄り添って守る覚悟はできている。 アイドルだからとか関係ない。律仁だから、それくらい渉太の存在が自分の中で大きいからこそ。 「それはお前を律だって知る前の話なんだろ。お前がその気でも渉太が苦しまないかは、お前が決めることじゃない」 少し大樹の怯えた瞳。 本気で喧嘩したら律仁が勝つのは決まっている。大樹は俄然インドア派で、撮られる側として日頃鍛えている律仁と力の差は明らかに違う。それでも、大樹は至って冷静だった。 「お前は俺が渉太を振ったこと根に持ってんのか?」 「持ってるよ。お前が渉太に好かれてんのも、その気になれば渉太に近づける立場なのも腹立ってるけど、それが?」 売り言葉に買い言葉のように喧嘩がヒートアップしていく……正しくは律仁の怒りを、大樹は掴み返すわけでもなくそれを受け止めている。 大樹は「渉太のことはそう言う風に見てないし、同情で付き合うもんでもないだろ。いいから離せよ」と掴んだ胸ぐらを右手を掴んで払うと「まぁ俺は渉太の性格でアイドルの律だと知って付き合って喜ぶような奴ではないと思ってるけど」と律仁に言い残しては、そのままリビングへ出ていってしまった。 「俺は渉太を信じるよ」 そんな大樹の背中に呟いたが律仁の口から出たのは強がりに過ぎない。 今の渉太との曖昧な関係だからこそ、ここで止めてしまうと渉太にそのまま会えなくなるような気がする。 それほどまでに、渉太との繋がりは細くて脆いものだった。 俺自身ファンとアイドルの関係が近くのようでちゃんと線引きをしなきゃいけないのは頭にある。 芸能人だから……人並みに恋愛することは困難なことも知っている。 だから皆、同業者、仕事を理解してくれる芸能関係者と付き合ったり結婚したりが多い。 その方が価値観が合いやすいのもあるが、お互いのリスクが違う。自分の恋愛に巻き込むのは一般人である相手にも大きく負担をかけることになるし、恨み妬みが絡んでくると時にはスキャンダルの種にもなってしまう。 人目を気にしてマトモなデートも出来ない。 慣れていない人にとっては苦痛だ。 会える時もまちまち……だから渉太に生きている世界が違うと言われても無理はなかった。 だからって諦めていい理由になんてならない。 律仁は会えない、会いに行けないと思えば思うほど渉太への想いを募らせていた。 渉太には正直な気持ちでいて欲しい。 律だから…とかじゃなくて、こんな俺でも一緒に居たいと思ってくれるだろうか……少なくとも俺は、渉太から貰ったものが多くて渉太なしでは居られないから……。

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