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渉太は自転車を目の前のガードレールに停車させ、鍵を括り付けると、珈琲店の中へと意を決して入る。
ドアを開けると同時にカランと鈴が鳴った。
前々から外から見た時から雰囲気のありそうなお店だと思っていたが、まさにその通りで、昭和レトロ感のある内装と暖かみのあるオレンジ色の照明が緊張していた渉太の心を少し和ませた。
店主っぽい男の人が1人と、カウンター席に座って店主と仲良さげに話している女性客が一人いるくらいの物静かさ。
店主は清潔感のある白いワイシャツに紺色のエプロンに白髪混じりの髪の毛や顎髭に丸眼鏡の貫禄のある、けど人が良さそうなのが滲み出てた。
渉太はどうすべきか、呆気にとられて立ち往生していると、外から自分の様子を見ていたのか「渉太、こっち」と律仁さんが入口まで迎えに来てくれていた。
渉太は店主の方に一礼をすると律仁さんの後に続いて窓際の席の方へと向かう。
座席に着くと珈琲と灰皿に溜まったタバコの吸殻が目に入った。
律仁さんがいつ頃からここに居たのかは知らないが、最低でも一時間以上はここに居る。
それなりに吸殻が多いことから大分待たせてしまっていたのだと心苦しくなった。
「遅かったね」
渉太が座ったタイミングで向かいに座る律仁さんに問いかけられる。
テーブルに両腕を置いては、明らかに自分に向けられている視線を透かさず逸らした。憧れの存在がこんな近距離にいる、自分を見ている、想いを寄せられている。
誰しもが一度は推しと付き合えたらなんて妄想するけど、本気で望んでる訳じゃない。
中には大樹先輩の元カノさんみたいに本気でアイドルと繋がろうとする人はいるけど、現実はそんな綺麗事ではないから……。
「すみません……」
行くべきか、否かを迷っていたなんて理由は言えずただ謝る事しかできなかった。
少しでも隙を作って、勘のいい律仁さんに自分の心を見透かされでもしたら、鋭く突っつかれてボロが出てきてしまう気がしたから……。
「いいよ……気にしないで」
理由がどうであれ遅刻したことには変わりないし、何か問い詰められるかと身構えていたが、それどころか優しい言葉を掛けてくる律仁さんに返す言葉が見つからない。
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