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最後のチャンス

憧れの人と過ごした時間が嘘のような変わらない日常に戻る。一切見れなかった律のドラマもあんな風に言って別れた以上、観ないのは律仁さんに失礼な気がして最終回まで見ることにした。 やっぱり画面の中の律の演技は惹き付けられるものがあってアイドルだからって他の有名俳優さんと負けていない。 その後の律の活躍も目まぐるしくて、世界的に知名度の高いアクセサリーブランドのイメージモデルに就任されたり、俳優業では有名監督さんが脚本を手懸けた映画に主演に抜擢されたりと絶好調だった。 音楽の面でも、春頃に律の新曲が出ることが発売もされてちゃんとアイドル業もこなしている。 律の著しい活躍を目にする度に自分の傍にいて、大学のラウンジで一緒にお昼をとるような人ではなかったのだと改めて実感する。 当然、渉太の中で時折、律仁さんの事を思い出してしまうことはある。そんな時は終わったことだと言い聞かせて、気持ちに蓋をして考えないようにすることで渉太は乗り切っていた。 そして、週刊誌よりも律の頑張りの方が目立っていたせいか時間と共にあの記事の話題は終息していった。 冬を越えて自分が律仁さんのことを好きだったことも月日が思い出として色褪せていってくれると信じて迎えた春。 大学の卒業式。 式が終わり、校舎前でサークル仲間が大樹先輩を囲んで挙っと集まっていた。 御祝いの言葉を述べていたり、別れを惜しんで涙ぐむ子がいたり。 やっぱり出会った最初から最後まで大樹先輩の周りには人が集まっている。羨ましいような尊敬するような……。 当然、渉太は既に部外者だから遠目で眺めているだけ。あれから大樹先輩も進路で本格的に引退になって、サークルに来なくなってから渉太も退部することにした。 律のことで女子達に詰め寄られたのもあるが元々あまり足を運んでいなかったし、大樹先輩が居るから辞めるに踏み込めずにここまで来たようなものだった。 だから、居なくなったことによってサークルに居続ける理由も無くなった。 天体は好きだが見ているのが好きなだけ、専門的なものを要してない。いざとなれば自分も免許を取って天体観測に行けばいいし、なんなら都内の夜空を眺めているだけで充分だった。 先輩には沢山お世話になったし、ひと言だけでも挨拶と思っていたが、この分だと難しそう……。だからと言ってあの輪の中には入る勇気はなく、渉太は大人しく帰ることにした。 諦めて、大学の門に向かって歩き出そうとした時に「渉太」と名前を呼ばれて振り返ると大樹先輩が駆け足で此方へと向かってきていた。

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