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「今お兄さんは……?」
「兄もあれ以来、家に居ずらくなって出て行ったきり帰ってきてないんだよな。調律師になりたくて勉強してたのは覚えているけど、俺もその頃芸能界にいてほぼ家族に会うことはなかったからさ」
完全に箸を進める手が止まる。
心に悩みを抱えているのは自分だけじゃない。自分のトラウマなんてきっと可愛いもので先輩も尚弥も律仁さんもそれぞれの人生で
苦難にぶち当たっているのだと痛感する。
そんなに深刻な表情が出ていたのか、先輩は
「今はたまに家族に会ってるし、良好な親子関係築けてるから、渉太は心配しなくていいからな」と眉を寄せて箸で胸の辺りに向けて差され、図星を突かれてしまった。
「それならいいんです。でも、藤咲くんは…」
「あいつは俺たち家族を恨んでじゃないかなー」
「恨む?」
「藤咲ん家、親が其れが原因で離婚したって風の噂で聴いたから。まぁ兄貴が藤咲家を壊したようなもんだし」
「そうだったんですね……」
目の前の先輩もだけど、あの時、自分と一緒にいた尚弥も尚弥なりに辛かったんじゃないんだろうか。
自分の父親が男の人と不倫をしてました。
なんて知って、しかも尚弥経由でと言うことはその場面を目撃していたんじゃないんだろうか。
だから俺の事が嫌いなのだと言われても納得がいく。
あの時、自分が尚弥に好意を寄せなかったら
、唯の共通点のあるいい友達で居れたのだろうか。
後悔しても過去のすぎた話。
戻すことはできないし、あのときの自分は尚弥に惹かれることを行動で制御はしていたものの心は止められなかった。
「そう言えば渉太、律仁とは上手くやってるのか?」
「ふぁい?!」
沈んでしまった空気を取り戻すかのように、目の前の先輩に咄嗟に話題を振られて、渉太は動揺のあまり含んでいた水を吹き出しそうになった。
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