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「はい、ぼちぼち……」 渉太は吹き出すまいと口に溜め込んだ水をゴクリと飲み干し頷く。 「俺が普段経験できないことをさせてもらえて良くして貰ってるくらいです」 律仁さんの生活を目の当たりにするだけで、自分が平々凡々と生きていたら味わえないことがこの2日だけでも沢山あった。全てのビルが低く見える高いマンションとか、音楽会なんてものに足を運ぶことなんて律仁さんが居なかったら一生なかったし……。 「俺の後押しが成功したみたいで良かったよ。律仁さ、恋人と友達じゃ違うんだろうけど俺には遠慮なく鋭いからさ、ちょっと心配だったんだ。渉太を不愉快にさせてないかって」 「そんなことはないです。……」 不愉快に思うどころか、自分が優遇されすぎてむしろいいのかと思うくらいだった。 「ならいいんだ」 渉太の返答を聞いて胸を撫で下ろすように大樹先輩は息をついた。 遠慮がないと聞いて、律仁さんが大樹先輩とは手を出すくらい争った事があるようなことを匂わせていたのを思い出す。 「律仁さんと先輩って本気で喧嘩する時とかってあるんですか?」 あの律仁さんと大樹先輩がと想像はつかなかったが素朴に疑問を感じたので投げかけてみると、「あるよ」と即答された。 「えっ……」 「律仁と組んでた時も喧嘩は絶えなかったよ。しょっちゅう物が飛んできてたかな。今は……お互い大人だし、殆どないけどね」 所々律仁さんが従来のクールな律のイメージと違って情に熱そうなの所は感じてはいた。 じゃなきゃ、俺からの告白にあんなに喜んでもらえて、大胆に夜景の綺麗な公共の場で抱き締められてキスされるなんてことはないだろうし……。 それにしても物が飛んでくるなんて、律仁さんって意外と荒っぽい一面が……なんて思ったが尚弥に殴りに行こうとしていた場面を思い出して納得している自分がいた。 「律仁って何事にもひとつひとつの仕事に熱心だからさ、業界に上手く馴染めなくて適当に仕事をこなしていた俺とすれ違うこと多かったんだよ」 大学院に通って好きなことを熱心に勉強をしている大樹先輩からは想像ができない。 「俺も、まだ幼かったのもあって律仁の方が格段に人気だったのに不貞腐れてたし、親の七光りだとか揶揄されるのに腹が立っててさ。そういうの律仁に見抜かれてて、ちょっとのことでも言い合いになったりしてたんだ」 矢張り二人以上のアイドルとなると、どちらが好きか、誰派か、なんてファンの間でなってしまうのは自然な流れだった。 当時のことを渉太はよく知らないが、姉貴は断然律派だと言い張っていたのを覚えている。 勿論アイドルの先輩も格好良かったに違いない。だけど昔の律の十代から色気がダダ漏れなアイドル誌を見たら、一目瞭然の予想はできてしまった。

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