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当然事務所の人間なのだろう。カッチリ髪型を整髪料で固めた、灰色のスーツの少しきつい目付きが雰囲気からして厳重さを醸し出している。
ふと、男性の様子を観察していると目線が重なって軽く会釈をされた。渉太も透かさず会釈をする。
「隣は?」
向こうからしてみれば事務所に見知らぬ顔を律仁さんが連れてきたら、自然と自分の話になることくらい分かっていたが、いざ自分に話を向けられると全身が緊張した。
渉太自身だってどうして律仁さんに連れてこられたのかも分かっていない現状で、胸を張って立っていられる筈もなく、場違いなんじゃないかとさえ思えてしまう。
半歩後ろに立っていた渉太は、急に律仁さんに抱き寄せられ、よろけて前に出る。
「俺の恋人」
「え!?」
「はぁ?」
平然ととした顔で目の前の男にそう言い放つ律仁さんにギョッとした。
恋人を紹介することなんて、渉太にとっては勇気のいることなのに常々思うが、やはりこの人はいつも堂々としていてる。
目の前の男は、より一層の険しい顔をして、此方を睨んできたので、そのキツい目に萎縮しては身体が固まる。
「早坂渉太、21歳、大学生。吉澤さん今日一日よろしく。渉太、こっちは俺のマネージャの吉澤さん」
「えっ……」
唐突に他己紹介をされて戸惑う。
先程からの男は律仁さんのマネージャさんで、よろしくってことは……これから仕事に同行するってなんじゃないだろうか……。
渉太は『いやいや、律仁さん、それは流石にまずい』と心の中で唱えては気が気じゃない。
「お前何考えてんだ。現場に恋人を連れてくる馬鹿が居るか」
「ここにいるけど」
律仁さんはケロッとした顔で吉澤さんに言い放つ。すると、吉澤さんは深いため息を吐いては、右手で頭を抱えていた。
「渉太、来年就活だし丁度いいじゃん?見学させてあげてよ。周りには新人マネージャってことにしとけば問題ないしょ?」
「ダメだ。帰ってもらえ」
「相変わらず頭硬いなーじゃあ、恋人をほっぽって仕事にはいけないから送ってから行くわ」
淡々と交わされていく会話。
手首を捕まれ、話の流れ的に律仁さんが自分を送ると言い出したのは、黙認したままじゃいけない。
律仁さんの今日一日の細かいスケジュールは分からないが、自分を送迎している時間などないのは確かなのは、渉太でも分かる。
「お、俺は大丈夫です。自力で帰るんで……
律仁さんこれから仕事じゃないんですか」
「そうだ、遅刻したら洒落にならんから
そこの大学生は置いていけ」
「置いていけって渉太は物じゃないんだけど。渉太行こうか?ごめんね、家まで送るから」
律仁さんは吉澤さんの言うことを聞くどころか舌を出してあっかんべーをすると渉太の手を引いて事務所の出口へと向う。
マネージャさんの前では、何処か幼さを感じられる律仁さんは新鮮で可愛いだのと思ったが、そうじゃない。
渉太は「律仁さん、俺はひとりで大丈夫です」と何度も説得を掛けてみても、微動だにしない。尚弥の時といい、こういうときの律仁さんは、手に負えない。
渉太は連れていかれるままに、事務所の出口まで到達したとき、律仁さんに「大丈夫、上手くいくから」と呟くように囁かれた。
渉太がハッとしている束の間に遠くの方から「分かったから今回だけだからな」と半ば呆れたような声音で今回の同行を許可してくれたようだった。
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