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『あまり堂々とイチャイチャするな』と吉澤さんが説教をしている傍らで律仁さんは、鬱陶しそうにあしらっていた。 ほぼ片付けの終わった撮影場所のリビングを横切り、別荘の外へと出ると、吉澤さんの灰色の乗用車の再後部座席に荷物をあげる。 「あの、浅倉さん」 律仁さんが後部座席に乗り込もうとした所で名前を呼ばれ、一人の女性が此方へと近づいて来るのが見えた。 長く巻かれた茶色の髪にベージュのスーツ。見覚えのあるその姿は藤咲のマネージャーさんだ。 向かってくるのを見ていたのか、既に運転席にいた吉澤さんも降りてきて、二人に会釈をしているのを渉太は後ろから見ていた。 「今日は尚弥がとんだ御無礼を働き、申し訳ありませんでした」 「いいえ、こちらこそ律が尚弥さんの気に触るようなことをしてしまったみたいで申し訳ありません」 お互いのマネージャーさんが深々と頭を下げる横で律仁さんも浅くであるが、帽子を取って会釈をする。先程のことをかなり気にしているのか、終始顔が強ばった様子だった。 「いい訳苦しいかもしれませんが、あの子かなり神経質で気難しい性格なんです……」 「大丈夫ですよ。俺は気にしてないんで、 本番お願いしますね。尚弥くんにもよろしく言っといて下さい」 「ありがとうございます。此方こそよろしくお願いします」 藤咲のマネージャーは再びお辞儀をすると反対側に停めていた車へと乗り込んでいった。 その後部座席には此方を一切見ず、前を見据えてる藤咲の姿。 程なくして藤咲を乗せた車は山の下りの方へと発進して行った。 「ねぇ、吉澤さん。あの子って言ってたけど、尚弥くんのマネージャーってお母さん?」 「ああ、らしいな。詳しくは知らんけど」 「えっ……綺麗な人」 渉太は驚きで思わず声をあげてしまった。 確かに第一印象で40代半ばくらいだと思っていたし、藤咲と並んで親子だと言われても違和感はない。 だけど、渉太は妙にヘコヘコとしている母親と尚弥の間に異様な壁を感じていた。 「ね?相当、美人だよね。吉澤さん結婚してなかったら狙ってたでしょ?尚弥くんも片親みたいだし」 律仁さんが意地悪い顔をして問いかけると、吉澤さんは律仁さんの頭を軽く叩いた。 こういう本気の暴力じゃないにしても、叩いて叩かれみたいな関係を見慣れてない渉太にとっては衝撃的で思わず目を丸くした。 「馬鹿なこと言うな。いいから乗れ」 「まじ?割とタイプだった?」 ケタケタと笑いながら車に乗り込む律仁さんと、からかわれてタジタジになる吉澤さん。 驚いたけど二人のやり取りが何処か微笑ましかった。律仁さんは本当にこの人に心を許しているんだと心底感じる。 「渉太?」 「大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃって……」 ぼーっと突っ立っていると律仁さんに問いかけられて我に返る。おいでと手招きされて、渉太も慌てて車に乗り込んだ。

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