207 / 295

※※

藤咲の後について行くと、この遊園地の象徴とも言える観覧車の前まできた。藤咲は一切振り向くことなく女性係員さんに誘導され、丸型の箱の中へと入っていき、渉太も慌てて「連れです」と係員さん告げては同乗した。 係員さんによって扉が閉められてゆっくりと動く。 進行方向に沿って外側が藤咲、中心側が渉太の位置で向かい合って座る。 静かな二人だけの空間中、藤咲は椅子に右膝を胡座を書くように乗せる手摺に肘を掛けては窓の外を気だるそうに眺めていた。 決して藤咲からは考えられない行儀の良い姿勢な訳じゃないのに、凛としていて律仁さんとは違う美しさがある藤咲の横顔を眺めていた。律仁は微かに男らしさはあるけど、藤咲は中性的でピアニストとして容姿も音も惹かれるのは頷ける。 藤咲のことをちゃんと知りたいと意気込んだものの、いざ二人きりになるとどう話を切り出すべきものかと藤咲の様子を探っていた。 何だか凄く懐かしさを感じる。 ピアノを弾く藤咲を眺めていたあの頃を思い起こさせるような。 すると、ずっと眺めていた視線に気づいたのか、藤咲が此方向く気配がして慌てて逸らす。 「渉太はいつもこうやって側にいたよね」 「えっ」 矢張り世間話でも挟んでから……なんて考えていると藤咲から仕掛けられたことに思わず声が上がる。 「僕のピアノ黙って聞いてくれてた」 「あぁ、うん。尚弥の弾いてる姿が好きだったから……」 考えていることを見透かされたかのように、藤咲も同じことを思っていたみたいで驚いた。藤咲との楽しかった時のことを覚えててくれていて嬉しいけど、『腹立つ』だとか言われた後に素直喜んでいいものなのか複雑な心境だった。 「僕さ、11歳の時父親の不倫場面を初めて目にしたんだよね」 藤咲は俺に向かって話す訳でもなく、窓の外を眺めながら呟くように話し始める。 「学校から帰ってきて異様な声に気づいて父親の部屋覗いたらさ、長山の兄と裸で絡み合ってんの。心底気持ち悪かった」 藤咲の父親と先輩の兄の話は、先輩から軽く耳には入っていた。人が誰かに惹かれて、 心も身体も委ねて愛を確かめ合うなんてごく自然なことだ。 だからって既に心に決めた人と結婚して家庭を築いてきた人が別の誰かとする事は道理に反することだ。…藤咲も藤咲なりの苦しみがあったように思えた。

ともだちにシェアしよう!