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ピアノの繊細で耳心地の良い音色が切なさを醸し出している。
それに律の甘いようでとこか儚さを感じる歌声が合わさって、鳥肌が立った。多分俺だけじゃなくて会場全体が騒然としていたんだと思う。
久しぶりに聴いても藤咲は、曲や作った人の想いを汲み取って、あくまで藤咲らしく楽器に乗せて表現することに秀でている。少しアレンジが加わっていたとしても、決して雰囲気を壊すことがない。
渉太には音楽室で聞いていたのとは違う、もっとこう胸に込み上げて来るものがあった。
藤咲との高校時代の思い出や、律仁さんと出会った思い出が音楽に載せて、走馬灯のように甦ってきては渉太は胸に沁みるのを感じて、強く胸元の洋服を掴んでは目を閉じた。
律にとっても俺にとっても大切な曲を胸に刻むように、耳で集中して聴く。
決して嫌な気分になるんじゃなくて、懐かしいようなだけど何処か悲しいような、でも確実に前を向いていける。自分は先へと進んでも大丈夫だと言い聞かせられて勇気づけられるようなそんな気分だった。
律仁さんは律の今回のコンサートのことを自分の前では多くは語らなかったし、自分もこっそりインタビュー記事を読んでいたくらい。
だけど、律がこのコンサートをこの一曲を、この空間を、如何に大切にしていることが伝わるくらい、歌詞のひとつひとつに想いを乗せているのが伝わった。
律でいるときの彼は誰よりもファンや周りを支えてくれる人を大切にしているかが、よく分かる。そんな恩返しの律が積み上げてきた10年。
渉太にとって今も変わらず一生の憧れの人。そんなバラードを歌い上げ、藤咲と共に深く会場の全方向に何度も見たかも判らないお辞儀をすると、大きく手を振り、ステージ上から捌けて行く。余韻に浸りながらも「本当、あいつは最高のアイドルだよな」なんて隣の先輩も感じるものがあったのか、そう呟いていた。
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