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手袋を身につけ、自転車に跨ると逸る気持ちでアトリエの方角へ走らせた。 最寄りからバイト先までは1駅先。そう遠くないし、何なら自分の方が律仁さんより先に到着すると分かっていてもあの場所に早く着いていたくて胸がうずうずする。 案の定、アトリエの扉を開くと律仁さんはまだ到着していないようで、店には馴染みの店主と夜が遅いからかお客さんがポツポツといるだけだった。 店主と目が合い、一礼をすると律仁さんとの定位置である窓際の座席へと腰掛けた。 腰をかけて暫く、アルバイトを雇っていたのか自分と同年代くらいの男性店員に注文を訊かれたので、珈琲とお腹が空いたのでホットサンドを頼む。 律仁さんは直接来ると言っていたので会場からここまでだとまだ時間が掛かりそうな気がした。先輩とは何も食べていなかったし、此処のホットサンドはちゃんと食べてみたかったので丁度良かった。 律仁さんと決別を言い渡した時に勧められたものの、あの時は苦しくて食べた味でさえ思い出せないくらいの心身状態だったから……。 先に出された珈琲を飲み、待ち人を待ちながら窓の外をぼーっと眺めていると、ホットサンドが先に運ばれてきた。 卵だけのシンプルだけど、見た目からして渉太の空腹を擽るように美味しそうで、大口開けないと入らないんじゃないかと思う程に分厚い。 一切れを両手で持って、真ん中から大口を開けてかぶりつくと口の中がふわとろの卵でいっぱいになって、幸せを感じた。マヨネーズのしょっぱさと卵のほのかな甘さで癖になる。 「すごい、いい顔」 もうひと口と思ってかぶりつこうとした時に、正面から人が着席する気配がしては聞き慣れた声が頭上から振ってきた。慌てて顔を上げると、両肘をついて、眼鏡の奥でニヤニヤしながら此方を見てきている律仁さんがいた。 「りっ律仁さんっ……いつの間にっ」 渉太は開けた口を閉じると物凄く間抜けな顔をしていた気がする羞恥心から、持っていたホットサンドをお皿に置き、手をテーブルの下に引っ込める。 「さっきだよ。渉太、彼氏よりホットサンドに夢中なんだもん。なんか目をキラキラさせながら食べてたのが可愛くて暫く様子見ちゃった」 確かにホットサンドがテーブルに置かれた時、店の入口で鈴が鳴った気はしていたが全く気にも止めていなかった。

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