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軽い食事を済ませて、日付が変わる前にアトリエを後にした。自転車を押しながら律仁さんの車の前まで一緒に向かう。好きな人と過ごす時間はこうもあっという間に過ぎて、楽しければ楽しいほど名残惜しくなる。
駐車場の手前まできて、名残惜しさを感じながらも「じゃあ、ここで……」と渉太が言った所で 「送るよ」と律仁さんから提案された。
自宅までなんて自転車で走れば10分や15分程度で辿り着くし、わざわざ車を使うほどじゃない。律仁さんのことを思えば、ここは断るところだが、渉太はまだ別れるのは惜しくて、少しの我儘で「お願いします」と律仁さんの言葉に甘えることにした。
荷台に自分の折りたたみ自転車を乗せてもらい助手席に向かおうとした時、背後からフワッと身体を包み込まれて、渉太は思わずビクリと震わせた。
耳元に律仁さんの顔があるのが、気配で感じる。幸い辺りを見渡しても誰も居ないが、これはこれで不味い。
「律仁さん……流石に外は……」
いつもなら引き剥がしてでも、離れようと試みるところだが、律仁さんに抱きしめられている感触が心地よくて強くは抵抗出来なかった。
「渉太、明日大学は?」
「お昼からです……」
耳元で響く律仁さんの声がこそばゆい。
「今日は渉太を帰したくないなー」
俺だって出来れば帰りたくない……だけど、
今夜共に過ごしたところで、きっとキスしたくなるし、くっついていたくなる。
そうしたら自然と求めたくなるに決まっていた。だけど、渉太には律仁さんに身体を晒せるほどの覚悟と自信は未だに持ってなかった。俺自身はいいとして、一緒にいることで律仁さんにきっと我慢をさせる。それならこの場は潔く送って別れるのが最適だった。
「お、俺も律仁さんといたいけど、俺……」
「大丈夫、変な気は起こさないから。言ったでしょ?渉太と同じ時間過ごせるだけで幸せだって、だから渉太の時間を俺にちょうだい?」
低くて優しいけど、どこか甘えたような声に背中がゾクッとすると渉太は静かに頷いていた。
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