295 / 295

律仁さんと共に……⑥

翌朝、夕方から仕事がある律仁さんは早々に帰ることになった。車に乗り込む律仁さんを見送るように両親と並んで、玄関前に立つ。散々周りを掻きまわしていた梨渉はあまり体調が優れないらしく、自室で休んでいた。 「浅倉さん、ドタバタして大したおもてなしできなくてごめんなさいね」  右手を頬に当てて、申し訳なさそうに謝る母親に律仁さんは眼鏡の奥の瞳を細めて笑う。 「いいえ、僕が突然来ただけですから……。渉太君の家族はとっても暖かくて居心地がよかったです。あと、お父さんともお話しできて楽しかったです」  御酒が好きな父親と律仁さんの相性が良かったのか、酔いが回るにつれて悪がらみをしても笑顔で話しを聞いていた。主に和田さんの話が九割がた占めてした気はするが、律仁さんも終始笑っていたのが印象的だった昨日の一コマ。 「ああ、昨日はいろいろあったが……。君は話しやすくて私も楽しかったよ」  昨夜のことを思い出して照れが生じているのか、咳払いをして目を伏せる父親。 「よかったら、遠慮なくまた来てださいね」 「はい、是非」  律仁さんは一礼をして運転席に乗り込むと、渉太も運転席側の扉に近づいた。サイドガラスが下げられ「渉太、梨渉ちゃんにもよろしくね。また東京で」と言い残すと手を振ってきては車が発進し、遠ざかって行くのを見届けていた。  しばらくして律仁さんの車を見送り、玄関先へと向かう。外のいるには寒いこの時期に、父親は早々に中へと入ったのか既におらず、母親だけが自分と一緒に最後まで残っていた。 「さむっ。俺も中に入ろっ」  渉太は肩を摩りながら、母の横を通り過ぎ引き戸を開けて玄関先へと足を踏み入れた時、母親に「渉太」と呼ばれて振り返る。 「あなたのお友達いい人ね。芸能人さんだったのは母さんも驚いたけどね。でも、今度はちゃんと紹介してね。貴方が選んだ人なら母さん、応援するから。大切にするのよ、律仁さん」 「えっ……、ああ、うん」 穏やかな表情で母親にそう言われて、咄嗟に生返事をする。数秒して母親の発言から、もしかして自分たちの関係に気づいているのではないかと勘付いた渉太が声を上げようとしたときには、母はリビングの方へと向かっている後姿があった。 恥ずかしさもあるが、自分たちのことを暖かく見守ってくれている母親に胸が擽ったい気持ちになる。  俺が律仁さんを支えられるような懐の広い立派な大人になれたとき、彼が一番大切な人だと紹介したい。そして、彼に家族の温かさを教えてあげたい。 いつかその時が来るのであれば、ちゃんと話せるだろうか。不安だけど、希望で心が躍る。 渉太は胸元を服の上から強く右手で握ると燻る心を噛みしめながら靴を脱ぎ捨て、リビングへと向かった。                               END

ともだちにシェアしよう!