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律仁さんと共に……④

「だけど俺が六歳の時に、たまたま母親の店で一緒に留守番していたら、常連だった今の事務所の社長がさ、俺に事務所に入らないかって勧めてきたんだ。創設したばかりの事務所でタレントを探してるって。当時の俺は訳も分からず社長に引き取られて寮に入らされて、子役として注目を帯びるようになってから母親は人が変わったっていうか……。俺のことお金のようにしか見なくなったっていうか……。だから、お金で繋がっているような親子関係じゃなくて、渉太の家みたいな家族団欒が羨ましくてさ。姉弟もいて喧嘩しながらも絆があって……。まぁ、ちょっと愛に飢えているところはあるかもね」  顔を伏せて哀愁を漂わせている姿を見て、彼を優しく撫でてあげたい衝動に駆られた。 もっとこの人を俺の愛で幸せにしてあげたい……。そう思った時には右手が律仁さんの少しうねりのある髪の毛に伸びていた。 潤ませた眼鏡の奥の瞳が儚げで、落ち込んだ犬でも慰めているような気分になる。 「俺が、沢山律仁さんに愛をあげるので、そんな悲しそうな顔しないでください。今回は両親に俺たちのこと、打ち明けられなかったけど、いつかちゃんと話して……律仁さんも大切な家族なんだって胸を張って言えるようにしたいって俺も思っています。その為には俺がもっと心を強く持って、弱っている律仁さんを支えてあげられるようになりたいです」 「充分、支えて貰えているよ」 「まだまだ足りないです」 経済的にも精神的にも自立して、大切な人を守れる強い心を持ちたい……。今の自分じゃ、強気な姉に怯んでしまうくらいまだまだ未熟なことには変りないから……。 「なんなら俺のマネージャーにでもなって、四六時中俺のこと支える?」 「それは……。悪くないかもです」 少しだけ渉太の言葉で元気を取り戻したのか、冗談を言えるくらいに何時もの律仁さんに戻ってきている。 律のマネージャーなんて夢のような話ではあるが、この間の吉澤さんを見ていて到底、渉太には務まるとは思えない程大変そうだった。 しかし、言うだけタダなので渉太も軽い口調で律仁さんに返す。 「その前に、俺が捨てられないようにしなきゃね」 「律仁さんのこと捨てるなんて、絶対ないですっ‼」 「ほんと?」  律仁さんが布団に左手をついて、訝しげに顔を覗き込んでくる。 「ほ、ほんとうですっ」  逆に自分の方が捨てられるんじゃないかってヒヤヒヤするくらいなのに……。  普段は自信満々なくせに、渉太のことになると自信を無くしたように問うてくる姿に飽きれることもあるが、どこか訴求力があって可愛く思えるのは恋人故の盲目フィルターが掛かっているからだろうか。 渉太は布団に両手をついて前のめりになると、疑いの目で見つめてくる律仁さんの額を目がけてキスをした。   途端に律仁さんの耳朶が真っ赤に染まる。 「あーもう。渉太ってば……。本当に渉太のことが好きすぎてどうにかなりそう」  律仁さんは自らの右手で頭を掻きまわしては、そのまま彼の右手が頬に触れて、親指で撫でられる。 「俺もです。律仁さんのこと好きすぎてどうにかなりそうです」   表舞台で凛々しく居る彼も、こうやって年下の俺でも頼って甘えてくれる彼もすべてが愛おしい。こんなに自分のことを好きになってくれる人も、好きな人も一生現れない気がする。 熱を帯びた視線がかち合う。きっと、律仁さんと俺は今、同じことを考えている違いなかった。 「今はキスだけね。帰ってきたら渉太、覚えておいてよ?」 「もちろんです」  律仁さんの手の温もりを頬で感じ、そっと左手を添えると更に距離を詰められたことで、キスの気配に瞼を閉じた。  

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