4 / 4

 帰ってくるはずのない家主の登場に、俺は慌ててだらしなく露わになった下半身をスラックスの中へ収める。 「箱井さん……出張は?」 「思ったより早く終わったから、泊まりはやめて戻ってきたんだよ。それよりも、クロ……」 箱井さんは、床の上で快感の余韻を貪る青年をまっすぐ見つめて猫の名で呼びかけ、彼の元へしゃがみこむ。 「あ、の……箱井さん、俺……」  俺の声には応えず、箱井さんはクロの髪や汗まみれの腕を愛おしそうに撫でた。 「クロ……こんなに満足そうな顔をして。蓮見くんにたくさん遊んでもらったんだね」  飼い猫のあられもない姿に罵倒を受けるかと思いきや、箱井さんは嬉しそうに笑っている。  青年は気だるげに箱井さんを見上げ、甘えた声をあげた。 「おじさん……僕、まだ足りないよ。もっとたくさんほしい。何もわからなくなるくらい……」 「君は本当に甘えん坊のほしがりさんだなあ。でも、蓮見くんは君と遊んで疲れてしまったようだ」 「あれくらいで疲れるとか、まだまだだし」  クロが緩慢に床から起き上がり、汚れた身体のまま箱井さんのスラックスへ頬を擦り寄せる。箱井さんがその頭を優しく撫でた。その表情は今まで見たこともないほどに甘い。  箱井さんのこんな顔をこの青年はいとも簡単に手にしていると思うと、胸のあたりが鷲掴みにされたように痛む。 「そうか、まだ足りないのか……困ったな」 「ねえ、今日はまだおじさんのミルクもらってないじゃん? 顔にちょうだい」  クロが舌ったらずな甘え声で箱井さんへ懇願する。  箱井さんは嬉しげなため息をついて黒革のベルトを外す。 「仕方がないな。じゃあ、ちゃんとその目で見ているんだよ」 「うん。いっぱい出せるように見守っててあげる」  箱井さんは動揺のかけらも見せず、期待に胸を弾ませる青年と戸惑う俺の目の前で自らのものを取り出した。  彼は、ほのかに張りを持った己を紳士的な手つきで丁寧にしごく。その様を見つめる青年の目は、らんらんと輝いていた。 「ああ、クロ、そんな淫靡な目を向けて……蓮見くんに美味しいミルクをもらったんだねえ」 「おじさんこそ、いい人を見つけてきたよね」 「そうだろう? ああ、クロが蓮見くんと遊ぶところを想像するだけで……はあ、あ……っほおら、顔にかけてあげよう……」  目を閉じて待つクロの顔面へ、箱井さんは惜しげもなく白濁を吐き出した。 「んぅ……ふふ……」  恍惚の表情を浮かべたクロが、顔や胸元に飛び散って雄の匂いを発し始めたそれを、指で掬って舌で舐めとる。 「美味しいかい、クロ?」 「うん。おじさんの味、好き」  幸せそうな……しかし、どう見ても異常に見える光景に、俺の顔は自然とこわばっていた。 「箱井さん……あんた、あんたたちはいつもこうなのか?」  俺の喉から出た声が、思いがけず震える。  箱井さんは、昼間のカフェで見せる優しい笑顔で俺を見た。 「そうだよ。蓮見くん、この子が私の飼い猫のクロだ。話していた通り甘えん坊で可愛いだろう?」 「お……俺には、人に見えます……」  猫に見えるだなどと、決して言えはしなかった。  どう見てもクロは人間の男だ。 「ふうん」  箱井さんは困ったものを見るような目つきで、口元だけで微笑む。  そして、俺の目の前に歩み寄り、胡乱な瞳で俺の目を見た。まるで内側まで覗き込もうとしているかのようだ。    俺は息を飲む。 「蓮見くん」 「……箱井さん」 「クロは飼い猫だよ。私のペットだ。甘えん坊でやんちゃで、食いしん坊で……私には少々手に負えない。彼は私が遊び相手では満足できなくてね。私では役不足なんだ」 「どうして、俺を?」  箱井さんが嗤う。  そして、彼の整った指が、俺の顎をつかんだ。 「君が私を知りたがったからだよ」  顎を強引に引き寄せられて、箱井さんの薄く美しい唇から噛みつくようなキスを受ける。口内に割り込んできた甘い舌が中をひとしきりかき回して離れていった。 「私が飼っているのは猫で、君は私の後輩。君は今日、私の代わりに私の猫に餌をやった。これが事実だよ」  箱井さんの肩越しに、床に寝転んで自慰を始めるクロの姿が見える。箱井さんの種を下腹部に塗って、滑りを良くして遊んでいた。 「ああ、あの子はまた遊んでいるねえ。一人でも遊べる良い子だよ。蓮見くん、これからもクロに会いにきてくれるかい?」  俺は、力なく頷く。  否定する気になんてなれなかった。 「そうか。嬉しいなあ……やっと君と友人になれた気がするよ」  箱井さんは立ち上がり、晴れやかな声で笑う。 「君は私の好い犬になる」  中年にしては美しすぎる整った男の手が、俺の頭を褒めるように撫でていった。 終

ともだちにシェアしよう!