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三
箱井さんが出張へ行った日、俺は預かった鍵を持って教えられた住所に向かった。
たどり着いたのはそこそこ綺麗なマンションで、あらかじめ聞いていたパスワードをエントランスで入力して中に入る。頼まれごととはいえ他人の家に入ろうとしていると思うと、少し罪悪感があった。
エレベーターで五階まで上がり、部屋番号と表札を確かめ、鍵を開ける。
中に猫がいるとわかっているので、薄く隙間を開けつつゆっくりと中を覗くと、部屋に明かりがついていた。
(箱井さん、電気消し忘れていった?)
それだけではなく、部屋の奥から玄関へと涼しい空気が流れてくる。クーラーも入れっぱなしで出ていったようだ。
(まあ、猫がいるからな……)
生き物を飼っている家が空調をかけたままにしているのは珍しいことではない。明かりがついたままなのも、そういうことなのだろう。
俺は猫が脱走する心配のないことを確認して玄関へと入った。
その時、部屋の奥から廊下を踏む人間の足音が近づいてくるのに気がつく。
「え?」
顔を上げると、怪訝そうな表情の一人の青年と目があった。
冷たく艶やかな長めのショートカットの黒髪と、透き通るような真っ白な頬。白いTシャツと洗いざらしのジーンズを身につけた青年は、冴えた視線で俺を睨みつける。
「あんた、誰?」
「君こそ……誰? ここは箱井さんの家、ですよね?」
青年は俺の元へ歩み寄り、舐めるように俺の顔や身体を眺める。
「そう。ここはあの人の家。あんたさあ、あの人の何?」
「箱井さんの? 何って……会社の後輩です」
何かと問われれば、それ以外に答えようがないだろう。
ところが青年は俺を見下すように鼻で笑う。
「へえ……。てっきり新しい猫でも拾ってきたのかと思った」
「は?」
「違うんでしょ? それで、あの人はどこ?」
上目遣いで睨まれて、俺は一瞬怯む。目力が強いというかなんというか……。
「どこって……箱井さんは明日まで出張ですけど」
「なにそれ? 僕は何も聞いてないんだけど!」
青年は苛立ちを隠すことなく露わにする。
突然キレられても、俺にだって何もわからない。
「俺だってこの家に人がいるなんて聞いてなかったよ。俺は猫の世話を頼まれてきたんだ。そうだ、クロはどこにいる?」
俺は青年の肩を押して道を開けると、家の中へ上がってクロの名を呼びながら部屋中を探した。
しかし、話に聞いていた黒い猫の姿はどこにもない。
「猫なんていないじゃないか……」
綺麗に片付いたリビングで、俺は頭をかかえる。
「最初からいないよ」
背後から声をかけられ、リビングの扉の方へ振り返ると、青年が立っていた。
「いない?」
「おじさん、頭イカれちゃってるんだよね。僕のこと猫だと思ってんの」
青年の瞳が、艶やかに光る。
その顔つきは確かに、猫だ。
彼は、例えるならばしなやかで美しい黒猫だった。
「僕がクロだよ、お兄さん」
箱井さんがイカれている?
彼は確かに、飼い猫の話をしていたはずだが。
毎日のように会っているが、何もおかしなところなどない。
むしろ彼は、完璧すぎるほどに完璧な先輩だった。
「その顔、信じてないね。無理もないかな。おじさん、僕が猫にしか見えていないから……」
「信じられるわけないだろう」
「外でのあの人の顔しか知らないから?」
青年……クロは滑るように俺に擦り寄る。
スーツを纏った俺の腕に、絹のようにきめ細やかで滑らかな黒髪と二十歳そこそこの男性とは思えないほどの柔らかで透き通った頬を惜しげもなく擦り付けた。
「お兄さん、僕の世話に来てくれたんでしょう? 早くご飯ちょうだい。もうお腹ぺこぺこだよう」
甘えた声をあげて食事を催促される。
「俺は、猫に餌をやりに来たんだ」
「だから、その猫は僕なの。僕以外に猫なんていないよ」
「でも……」
箱井さんから預かったクロのための食事のレシピは、どう考えても人間が食べて喜ぶようなものではない。
「お兄さんには僕が人間に見えるんでしょ? だったら僕に人の食べ物をちょうだい。おじさんってば、猫の餌しかくれなくてさ。このままじゃ僕、塩分足んなくて死んじゃうよ……」
お昼は勝手に好きなものを食べているのだと、クロはいたずらっぽく微笑む。
彼は笑みを浮かべたまま俺にぴったりとまとわりつき、俺のベルトを慣れた手つきで外して、スラックスの前へ手をかける。
驚いた俺は彼を突き放そうとしたがバランスを崩し、彼を凝視したままその場へ尻餅をついた。
青年が、床に座り込んだ俺の正面にしゃがみこむ。
眼に映る青年は、甘えてイタズラを仕掛ける子猫のような表情で俺の目を食い入るように見つめていた。
「ほら、はやく。ご飯だよ。お兄さんのミルク、僕にちょうだい」
白く骨ばった、けれども細い指が、俺のものを下着ごしに撫で回す。その指の冷たさが、布越しに俺のものへ伝わってきた。
「やめろよ……やめてくれ……」
箱井さんの家で思いがけない状況を前にし、俺は不思議と逃げようにも逃げられなくなっている。
黒猫が甘えた手つきで俺の下着を弄り、中から萎みきって頼りない俺をつまみ出した。
青年が俺の分身を視姦しつつ、己の唇を味わうように小さな舌先でゆっくりとなぞるように舐める。
「お兄さんのミルク、きっと美味しいんだろうなあ」
クロは俺の股座へ顔を寄せた。濡れた唇が情けない俺へと迷いなくそえられる。
ああ、やめてくれ。まだ洗っていないそれは、きっとどうしようもなく汚くて臭い汚物だ。
そんなものを彼の可愛い口で咥えないでほしい。
「や……やめっ」
俺の意思や言葉とは裏腹に体は動かず、青年の艶めかしく美しい唇がだらしない己に舌を這わせるのを食い入るように見てしまう。俺の視線に気がついた彼は、舌を止めて俺を見上げた。そして、とろけるような笑みを浮かべて俺を褒める。
「いい人だね、お兄さん。そのまま、動いちゃダメ」
彼の指が、猫じゃらしか何かを弄ぶように、俺のものをつつき、いたぶった。
「僕に食いちぎられたくなかったら、大人しく力を抜いて、僕に授乳しているところを見てればいいよ」
開いた唇の間から、白く美しい歯の粒が見えて、そこから唾液に濡れた真紅の舌が突き出され、俺のものへと伸ばされる。
湿り気と体温を帯びた弾力のある舌が、優しく俺の裏筋を舐めすすり、すぼめた唇でちゅっと音を立ててキスをした。そして、舌で裏筋を上へとなぞって、柔らかな亀頭を唇で甘噛みすると、小さな舌をひらめかせて鈴口をくすぐる。その頃にはもう、臆病な俺もすっかり萌して、快感への期待に張りつめていた。
クロは舌にタップリと唾液を絡ませて、ぢゅるぢゅると卑猥な音を立てながら亀頭に吸いつき、その後ゆっくりと喉奥まで俺のものを咥えこんでいく。彼は歯を立てることなく肉棒を口内で包み込み、締めつけた。
「っあ……」
喉奥が収縮して俺の亀頭は刺激され、思わず声が漏れてしまう。
青年が視線だけあげて、嗤った。
俺の反応に気を良くしたのか、彼は頭を上下する速度を速める。俺の裏筋にあてた舌が重点的にそこを擦り、すぼめた唇が膨張した肉棒を程よく圧迫してたまらない。
俺のものをしゃぶっているクロの様は、仔猫が夢中になって乳を求めるそれではなく、俺の欲望を根こそぎ吸いとろうとする怪しげな影だった。青年に可愛げはない。しかし、快楽を追求する激しさと艶かしさに、俺はただ圧倒され腰のあたりに甘さを含んだ重くだるい劣情を貯めていく。
「はぁっ……ああ……出るっ」
欲望を果たしたい衝動にかられ、青年の黒髪を少々乱暴に掴んで引き離そうとするが、彼は口を離そうとはしない。それどころか俺の欲望をより深く喉奥まで咥え込み、大胆に刺激する。
「んっ……はああ! あ……はあ……」
止める間もなく、我慢できなくなった俺は彼の口内で果ててしまった。
会ったばかりの、おそらく年下の青年にみっともない姿を見せてしまい、イった後の漠然とした心地よさとともに羞恥心が湧いてくる。
青年は、俺の羞恥心になど思い及ばない様子ですっかり白濁を飲み込んでしまった。それどころか俺の荒い呼吸が落ち着くまでの間にも、柔らかくなった俺を名残惜しそうに舌でペチャペチャと嬲り続けている。
「もう……放せよ」
言葉だけで拒絶すると、クロは顔を上げ、俺を見透かすような目で笑った。
「ヤダ……」
その声は、やや掠れている。
「お兄さん、元気だね。お掃除しただけでまた硬くなってきた……」
そう言って指でなぞられ、己のものに目をやると、確かに俺は懲りることなくすっかり硬くなって、青年に懐いてしまっている。
「まだ足りないよね? 僕もまだ足りないんだ。お兄さんのミルク、もっとちょうだい。いいよね?」
いつの間にかジーンズも下着も取っ払っていた青年は、日に焼けていない生白い腿を惜しげもなく見せつけて、俺の下腹をまたぐ。そして、俺の節操のない一物に指を添えると、彼の小さな蕾にあてがってゆっくりと腰を落としていく。
「な……」
「どうしてそんな顔するの? 大丈夫だよ。僕の下のお口の中、ちゃんと綺麗にしてるから……。集中して?」
萎えてしまうことを心配しているのか、彼はしきりに細い指先で俺の茎を優しく撫でる。その指遣いが絶妙に肌から芯までを刺激して、少しでも気を抜けば果ててしまいそうだ。
青年はしなやかな腰を器用にくねらせて、俺の先端から溢れ始めた先走りを彼の蕾に擦りつける。細かな襞が行ったり来たりするたびに、先端が刺激されてもどかしい。
「お兄さんの、食べちゃうよ?」
卑猥な言葉を恥じらうこともなく言ってのけ、青年は腰を定める。小さいはずの蕾は、俺の亀頭をぎゅっと締めつけながらゆっくりと難なく広がり、欲で満たされた棒を飲み込んでいく。
「ほら、ちょっとずつ……あっ……柔らかいのちゅるんて入って……はあ……あ……」
Tシャツに包まれた青年の肌がしっとりと汗ばみ、小刻みに震えている。まるで庇護者を求めて甲高く鳴く仔猫のようで、俺はその肩を掴み、抱き寄せていた。
「は……あ、ん……お兄さんのカリのとこ、僕の中擦れて気持ちいい……ひ……ああ……もっと奥……に、ああ!」
望み通りに奥まで押し込もうと、青年の腰に手をかけて力を入れれば、彼は大きく背を震わせて悦ぶ。同時に彼の中へ入ったままの俺も強く締めつけられ、すんでのところで欲望をせき止める。
腰を動かしたいもどかしさ。この中を掻き回したい衝動。全部を我慢して、青年を見る。
彼は一人で勝手に身体を震わせて、潤んだ瞳で俺を見据える。
「お兄さんの、おいしい……。ねえ、僕の中ぐちゃぐちゃにしたくない? 僕、わかるよ……お兄さんの、中でビクビク震えてる」
甘い吐息の混じる掠れた声が、俺の欲を刺激する。
「どうして動かないの? ほら、突いて……ほしい」
青年が下腹に力を入れ、肉の壁が俺の分身に甘く吸いつく。誘われれば、もう我慢することなどできなかった。俺は押しとどめていた思考をすべて解放して、なすがままに腰を揺らし、奥へと送る。
汗で湿った肌が濡れた摩擦音を小さく立てて、部屋に響いた。
「あっ、ふぅ……い……ひん……っやああ。ああ……」
青年の切なげな喘ぎがさらに俺の劣情を掻き立てる。もっと擦って、もっと突いて、この肉襞に締めつけられたい。
俺は彼の腿の裏側を掴んで持ち上げ、より深く結合しようと彼の内側を突きあげる。
「ああ、う……あああ……」
目尻に艶をにじませた青年が苦悶の表情で俺を受け入れる。
「快い?」
「ひっ……いい……いい!」
上擦った舌ったらずな声が応える。
可愛い。なんと可愛い仔猫なのだろう。
「ミルクが、もっと欲しい?」
「ほし……欲しい……」
青年は止めることなく腰を動かし、俺の欲望を再び食すつもりだ。
痴態を見せつけながら半ば泣いているかのように懇願され、俺の支配欲が刺激される。
「聞いていた以上の甘えたさんだなあ。さっきのじゃ足りないって?」
俺は艶めかしく蠢く彼の尻を掴み、揉みしだく。俺の手の動きに合わせて、中が収縮した。
「知らない男のちんぽ即尺して、即ハメするくらい飢えてんのか? お行儀の悪い猫だ」
「ひゃっ」
滑らかな尻の表面を軽く叩くと、青年の身体が跳ね、内側が再び締めつけられる。だらしなく開いて喘ぎっぱなしの口の端から唾液の筋がつたっていく。
気持ちよすぎて、俺まで癖になりそうだった。
俺は肉棒を入れたまま彼の身体を反転させる。中が掻き回されて、青年が喘ぐ。それを聞きつつ、俺も息を詰めた。
肩を震わせる彼を四つん這いにさせて、再び俺は彼の腰を掴む。汗だくになったTシャツ越しに背骨の浮き出た綺麗な背中が透けて見える。そして、シャツの裾からはみ出している白く柔らかな尻が、肉襞に包まれた俺の欲望をさらに誇張させた。
「あんた、変態だな。男だったら誰でもいいんだろ?」
叩きやすくなった尻を叩くと、紅潮した肌にさらに赤みが増す。
「ちっ……ちがぁ……あの人に、おじさんに頼まれたって言ったから!」
バックからだと動きやすく奥まで突きやすい気がする。
その証拠に俺の可動域は広がり、腰を揺らす回数は増えていた。青年は尻をあげ、床に突っ伏してむせび泣くように喘ぎ続けている。自分からいやらしく腰を振り、決して嫌だとは言わない。
「箱井さんが送ってきた男だから、容易く股を開いたって? とんだ淫乱だな」
「あっ、ああ、は、あ、ああ!」
気がつけば、青年の下腹部は白濁まみれになっていた。フローリングも、俺の床についた膝のあたりまでベタベタになっている。
クロは休むことなく腰をくねらせ、艶めかしく喘いで、何度も果てていた。彼の茎はすっかり柔らかく萎えており、ヒクヒクと痙攣しながらダラダラと透明な汁をこぼす。
「エグいなあ……。なあ、そろそろイってやろうか? 出しすぎて痛いだろう?」
「あ……ん……きもちい……もっと、突いて」
「ははっ、やべえな……」
正直、俺の方が限界だった。もう幾ばくも持ちそうにない。
俺は少し乱暴に中を行き来して、先延ばしにしていた欲望を解放した。
「これ以上は無理……。ほら、お望みのミルクだ……んっ……」
溜めにためた精を放つと、脳髄がくすぐられるようで気持ちがいい。
「ああ……あはっ……ああ……」
クロはぐったりと床に倒れ、満足そうに喘ぎ混じりの呼吸を繰り返していた。
俺も疲労感に襲われて、その場へしゃがみこむ。
汗と体液でグズグズになった黒猫の姿態を眺めてため息をついた時、リビングの扉が開く音がした。
「クロ……?」
振り返ると、そこには出張先にいるはずの箱井さんが立っていて、俺と青年の痴態を呆然と眺めていた。
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