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第42話
「リチャード、私はドロシーさんを署まで連行するから、あなたもレイモンドくんが落ち着いたら一緒に署まで来て。調書取らないといけないから。レイモンドくん、疲れているとは思うけど、協力お願いね」
「はい……分かりました。ホプキンス巡査部長」
レイは素直に返事をした。そんな彼にセーラは「ただのセーラでいいわよ」と言い残すと、ドロシーを連れて図書室を出て行った。出て行くのと同時に、玄関ホールでフランクが何があったのか、と驚いた声で尋ねているのが聞こえてくる。
「本当に良かったです、レイが怪我もなく無事で。一時はどうなることかと思いました」
「……本当は僕なんて、刺されて死んだ方が良かったと思ったんじゃないの?」
レイは瞳を伏せるとそう言った。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
「だって……僕のせいで、リチャードは異動させられて、自分が望んでいたキャリアを奪われたんだよ? 恨まれたって当然じゃないか……」
「そんなことはありません。誰だって刺されて当然、死んで当然なんてことはないんです。絶対にそんなことを言わないで下さい」
リチャードはレイの両腕を強く掴むと、厳しい顔をしてそう言った。
「……あの、叔父さんにリチャードを元の部署に戻して貰えるように頼むから……」
レイは消え入りそうな小さな声でそう言う。
「もういいんです。気にしないで下さい。俺はAACUで頑張りますから」
リチャードはもう吹っ切れていた。どこで働こうとも警察官には変わりがない。それならば、与えられた仕事を必死にやり抜くだけだ、と彼は覚悟を決めていた。
そしてもう一つ、彼は覚悟を決めたことがあった。
――もう、どうにでもなれ。
彼は溜息交じりに思い切ってレイに問いかける。
「レイ、本当に俺なんかでいいんですか? 面倒臭い男ですよ?」
リチャードの言葉に、驚いたレイが俯いていた顔を上げる。
「……それって、どういう……」
「目、瞑って下さい」
リチャードはレイの顔を上向かせると、そっと唇を重ね合わせる。リチャードの背中に回されたレイの両手が、ぎゅっと彼のジャケットを掴む。リチャードはレイの華奢な体をまるで壊れ物を扱うように優しく抱き締めた。レイの唇は男性のそれとは思えないくらい柔らかく、そしてその口づけは甘美だった。リチャードは思わず我を忘れそうになる。
――だめだ、ここは事件現場だ。
なんとか理性を保つと、名残惜しそうに唇を離す。
「リチャード、いいの、本当に?」
レイは信じられない、といった顔でリチャードを見つめる。リチャードはレイの右頬に手を当てると「5年間、俺のことだけを見ていてくれて、ありがとう」と言った。それを聞いたレイの顔が薄紅色に染まり、榛色の瞳が揺らいだ。
「リチャード……僕……」
リチャードはそんなレイの様子を愛おしく感じて、もう一度ぎゅっと抱き寄せる。
「その代わり、叔父さんには……警視総監には黙っていて下さいよ。俺が総監の甥に手を出したなんて知れたら、オフィスから俺のデスクがなくなっちゃうんで……くれぐれも秘密にしていてくださいね」
「……もし警察クビになったら、僕のギャラリーで雇ってあげるよ」
レイはいたずらっ子のような表情でそう言う。
――やっぱり小悪魔だ。
リチャードは振り回される予感に胸騒ぎを覚えていた。
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