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第3話:彼の愛したひと

この浮ついた気持ちが恋になる前に 1日でも早く 住む家を見つけて 圭さんの家を出ていかなければならない。 そう思って 駅近くの不動産屋に入ったが 俺の思いは虚しく 即出る羽目になった。 敷金礼金、連帯保証人・・・ 様々なハードルが 今の俺にはあり、 一つずつクリアしていかなければ そう簡単に家なんて 借りられるものではないことを思い知らされた。 とりあえずお金をそれなりに貯めるまで 動くのは難しそう。 給料日まで後数日だけど 今月は15万程度だろうか。 携帯の通信費や、先月の水道、光熱費、 交通費、食費やら・・・色々出費となると・・・ 残るのは10万弱? 敷金礼金、1ヶ月分の家賃、 電化製品や最低限の家具などを 買わなくてはいけないことを考えても 最低40万は必要になってくるだろう。 まずは貯金が第一で、 連帯保証人については、 その後に考えよう。 それを頼むことになる両親とは ばーちゃんが死んだことを 電話で知らせた時に5年ぶりに話しただけ。 葬儀にも出られなかった俺は 5年間まともに顔を合わせてない。 今更なんて言って願い出ればいいのか・・・。 一家の恥な自分の保証人になんて なってくれるのだろうか・・・。 こんな時兄や姉でもいればよかったなと思うけれど、 生憎うちには歳の離れた弟と妹がいるだけ。 一人、圭さんの家に戻った俺は マボロシのバイトの時間まで 久々の暇な時間を持て余していた。 掃除でもしようか? でも、さすがに他人に家の中を 触られるのも嫌だろうな・・・。 そう思いながら ふと リビングルームに飾られている写真立てを目が行った。 ダイニングばかりにいたので リビングルームをこうやってじっくり拝見するのは 初めてだった。 一番目立つところに置いてあるのは 多分高校入学式の時の写真。 リンとレンと圭さん、3人だけで写っている。 みんないい笑顔。 奥さん・・・もしかしていないのかな? 離婚してたり・・・? でも結婚指輪ははめているし・・・謎は深まるばかりだ。 しばらくそんなことを考えながら その写真を眺めていると 後ろに隠れるように もう一つ写真立てが置いてあるのに気づいた。 10年ぐらい前のものだろうか。 幸せだけが刻まれているかのような一枚は 見ているだけで温かい。 それは、 今の双子とそっくりな女性が含まれた 4人家族の写真。 双子の真ん中にいる女性が 双子の母親、つまり圭さんの奥さんだということは 即分かった。 肌がとても白くて、綺麗で、 周りを明るくさせるような華やかな女性。 彼女の写った写真を見て、 5年ぶりに 揺れ動いていた心は あっというまに静まった。 離婚していても していなくても こんな人には敵わない。 まぁ、もともとノンケ相手だから 叶わないのだけど。 それでも、期待をもってしまう自分を知っている。 初恋の時も、そう。 相手がストレートだって、 分かっていたけれど、抑えきれなかった。 女みたいな顔で、小さくて、 いつもクラスのいじめっ子から からかわれていた俺に 唯一優しくしてくれたクラスメート。 彼はもともと人当たりの良い人で 誰にでも優しくて、 自分が特別ではないと承知していたけれど、 好きで、好きで、どうしようもなかった。 もしかしたら、 この人なら 俺が同性愛者なことも、理解して それでも仲良くしてくれるかもしれない。 そんな溢れる思いをカミングアウトともに告白したら、 あんなに優しかったその人は、 「ごめん、俺そういうの無理。」 と言った。 その時は ただ悲しくて、 誰にも言わないで、 なんて言う余裕がなかった。 そんな口止めできていなかった俺が悪いのかもしれないけど、 次の日には学校中のネタに。 俺は失恋しただけではなくて、 友達も、学校生活も・・・ 最終的には家族も全て失った。 きっと彼も誰かに吐いてしまわなければ 消化しきれなかったのかもしれない。 だけど、もうあんな辛い思いをすることは 耐えられない。 俺の好きは、 誰かを不快にしてしまう。 そして自分を不幸にしてしまう。 だから、深入りする前に知れて良かった・・・ そう思うのに、やっぱり胸はチクリと痛い。 始まりもしなかった恋が終わり 1週間経つと このなんともいえない同居生活にも慣れてきた。 毎日朝から晩まで仕事があってよかった。 忙しいと余計なことをあまり考えなくてすむし、 圭さんの家では 本当にただシャワーを浴びて、寝て、朝食を作るだけ。 未だ圭さんの隣で寝る度に 緊張するけれど、 きっと誰の隣で寝ても 他人だから緊張するんだと思う。 圭さんは 俺に使わせてくれる部屋を 片付けてくれていると言って 3階にあるその部屋を見せてくれたけど、 びっくりするほど荷物が多くて、 なかなか終わりそうにないようだった。 他人のものなので俺が片付けるわけにもいかないし・・・。 そんなこんなで、この1週間、 俺はリン、レン、圭さんの会話の節々を拾い上げ この家のことについて なんとなく分かったきた。 3月末まで、 ここには圭さんのご両親が一緒に暮らしていたと言うこと、 4月に入ってからは 週に1回水曜日に契約している家政婦の人が家に来て、 家の掃除や、食材の買い出しや 数日分の夕飯を作り置きしていると言うこと、 そして圭さんにはほとんど休みはないが、 リンとレンに合わせて、 週末は午前中のみ働いているということ。 忙しい圭さんのことを 朝食を作ることで 少しでも助けられるのは お世話になっている身としては嬉しいことだった。 今日は朝食に大量のサラダを作った。 バレーボール部で頑張る双子から 野菜をもっと摂りたいとリクエストがあったからだ。 こうやってリクエストされることは 彼女たちが自分に気を許してくれてるみたいで なんだか嬉しくて、 ついたくさん作りすぎてしまった。 なんか大きな皿でもないかなぁ・・・。 そのサラダをいれるための大きめの器を 食器棚を漁りながら探していると、 ちょうどいい和食器を見つけた。 焼き物にはあまり詳しくないが、 緑が映えそうな茶色い陶器。 ブロッコリーやアスパラなどの温野菜も入った 色合いの良いサラダをその器に入れて、 そのほかに目玉焼きと、ソーセージを出すと、 双子は喜んでくれた。 「カイも一緒に食べようよ。」 「そうだよ。いつもパパのこと待ってるけどさ、 そんな気使わなくてもいいよ。 私たちもカイと一緒に食べたいし。」 「う、うん、じゃぁ、今日は一緒に食べるね。」 フライパンに残してあった 自分用のソーセージと目玉焼きを皿に乗せた。 「ねぇ、カイはお休みとかないの?」 むしゃむしゃとサラダを大きな口で頬張るリンの横で レンが話しかけてきた。 「え?なんで?」 「来月さ、インターハイ予選があるから 観に来なよ。」 「えー!俺が?」 「そういうの無縁そうだよね。運動して汗かいたり。」 「うん、中学の時はずっと文芸部だったし。 高校も行ってないしさ。」 「だから、観においでよ! ちょっとは気分転換になるんじゃない?」 「気分転換?」 「だって、おばあちゃん死んじゃったんでしょう? 初めて会った時からずっと浮かない顔してるから、 私たちの活躍をみて、 元気出して欲しいなって!」 そう言うと、口の中にある野菜を全て食べ終えたリンも、 「そうそう、なんと私たち1年なのに、 レギュラーの座をゲットしたのであります。」 と自慢げに言った。 「そうなんだ!? バレーボールとかあまりよくわからないけど、 なんか、すごいじゃん。」 「ちなみに、私はセッターで、 リンはレフトウィング。」 「うん、全然分かんないや。」 双子たちは バレーボール無知の俺に 必死に説明しようとしてくれていて 俺もあまり興味はないけれど 二人が一生懸命なので ちゃんと聞いていた。 なので 圭さんが下に降りてきているのに気付いていなかった。 「今日は朝から盛り上がってるね。」 圭さんがそう言うと、 「来月の、インターハイ予選の試合、観に来てよって誘ったの。」 「あー。そうだったね。休むって言わなきゃ。」 「圭さんもいくんですね。」 「もちろん。一緒に行こうよ。」 「あ・・・」 「休み取れないの?」 来月のことだから、申請したらとれるだろうけど、 1日分の給料が・・・。 だけど、双子たちの期待の目を見ていると、 ここで、取れないとは言えなかった。 「店長に聞いてみます。」 「昼はカフェのバイトだっけ?」 「そうです。」 そう答えるとリンが、 「サンミッシェルでしょー? 今度学校帰りに行ってみようかな!」 と言った。 「俺はランチが終わったら、あがるから、 その時間にはいないかもしれないけど、 デザートメニューだったら、 チョコレートサンデーがおすすめだよ。」 「カイがいないとつまらないなー。」 「どうせ、俺がいても、後ろのキッチンにいるだけだよ。」 「でもさ、カイが作ってるって思ったら、なんか嬉しいじゃん!」 「うんうん、友達にも、知り合いがこれ作ったんだよーって自慢できるし。」 「そういうもんかね?」 「「うん。」」 圭さんは俺たちの会話を楽しげに眺めていた。 「あ、圭さんの目玉焼きとソーセージ出すの忘れていました。」 「いいよ、それくらい自分でできるよ。 リンとレンと話しててあげて。」 「あ、はい。」 「ごちそうさま」 リンとレンが先に食べ終わり、 学校へと行ってしまった。 この時間が唯一少し気まずくて、 焦ってしまう。 サラダが完食され 空になった陶器を見ながら圭さんは 「あぁ・・・この器懐かしいな。 奥にあっただろう?」 と呟いた。 「はい。なかなか大きなお皿がなくって 勝手に奥から出して 使っちゃいました。」 「そうか。」 何かを思い出したように、 そっと微笑む顔は優しかった。 だからこの陶器が 圭さんにとって大切なものだということが なんとなく分かった。 ダイニングテーブルから皿を片付けていると、 ちょうど自分の皿を運び終え こちらに振り向いた圭さんと ぶつかった。 ガシャーン!!! 大きな音がして、 俺が手にしていた 茶色の陶器は落ちて 割れて 破片が至る所に飛び散った。 「大丈夫!?」 圭さんは 何よりもまず俺の心配をしてくれた。 「大丈夫です・・・あ、でも・・・ このお皿・・・」 「ああ・・・いいんだ別に。 君に怪我がないのなら、それが一番だよ。」 「でも・・・これ、大事なものだったんじゃないですか?」 「あぁ・・・まー・・・亡くなった妻が 作ったものだったんだけど、 陶器は割れてしまうものだから。」 「え!亡くなった・・・て?」 「あぁ、知らなかったっけ。 7年前に癌でね。」 「・・・俺・・・」 「てっきりリンとレンが喋ってるのかと思ってた。 ごめんね、伝えていなくて。 変に気を使わせてしまっていたかな。」 「いえ・・・その・・・。」 「陶器ってどうやって分別すればいいのかな。」 「捨てちゃうんですか!?」 「え・・・だって、割れ物だし・・・危ないでしょう。」 「・・・俺・・・本当に」 「大丈夫だって。そんな気にしないでいいさ。」 どうにかくっつけられないかと思ったが・・・ 粉々な部分があって、不可能そうだ。 「ごめんなさい。」 涙がポロポロと出てくる。 「海流くんは優しいね。」 違う。優しいのは圭さんだ。 圭さんは俺にこんなによくしてくれるのに 圭さんが大事にしているものを 壊してしまうなんて、 自分が本当に情けない。 二人でバラバラに散った破片を 拾って、片付けた後 圭さんはいつも通り、俺よりも先に出勤した。 圭さんは捨てても良いと言っていたけれど、 どうしてもそれは違う気がして、 俺は紙袋に入れた破片を、とりあえず倉庫へ。 その後 あっというまに、 俺も仕事に行かなくてはいけない時間になり、 俺も家を出た。 浮所産院の前を通ると、 立派な桜の木は もう葉桜。 あの夜、圭さんは 何を思って散りゆく桜の花びらを見ていたのだろう。 ふと、そんなことが気になった。

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