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駅のホームにて。
ピロリン…
“今どこにいる?”
ピロリン…
“もうすぐ19時になる。早く帰ってきなさい。”
ピロリン…
“まさか…誰かと一緒にいるんじゃないだろうな?”
ピロリン…
“もし誰かといるのならすぐに別れなさい。お前には不要だ。”
ピロリン…
“返事をなさい葵。お前は私の――”
ピッ、
ひっきりなしに入るメールアプリの着信に
学生服を着たスラリと背の高い少年がうんざりした様子で深く溜息をつき…
顔にかかる前髪を気にすることなくスマホの電源を切る
―――もういい…もう…たくさんだ…
俯き…顔にかかる前髪のせいで周りからはその表情は読み取れないが
少年はクッとその薄い下唇を噛みしめると
この時間帯にしては珍しく人がまばらなプラットフォームに向け
俯いたままゆっくりと歩みを進める…
―――後はもう…好きにやってくれ…
俺にはもう無理だ…
少年はゆっくりとその生気のない面を上げ…
何も映していない真っ黒な瞳で黄色い線の向こう側…
見えてきた線路に視線を移す…
―――…疲れたんだ…なにもかも…
アンタに求められることも…束縛されることも…
なにもかも…
握りしめたスマホを片手に
少年はフラフラと黄色い線の手前まで来てその足を止めると
再び俯き、電車が来るのを待つ
―――だからもう…
俺は楽になっても――いいよな…?
俯いている少年の鼻先に水滴が集まり…
そこからポタポタと地面に向かってその水滴が滴り落ちていく…
そこにアナウンスが流れ――
『――えーまもなく~…三番線に上りの快速電車が通過致し~ます。
電車をお待ちの方は黄色の線の内側に下がって――』
―――かあさん…
少年が涙を湛えるその瞳をスッと閉じ…
右から聞こえてくるであろう電車の音に耳を澄ます…
すると微かに…しかし徐々に大きくなって近づいてくる電車の音が聞こえ――
「…、」
少年が俯いたまま息をのみこみ…
今いる場所から一歩前へと足を踏み込み、黄色い線を少し踏む…
―――ッ、ゴメン…母さん…っ、
ガタンゴトンッ…ガタンゴトンッ…プォーーー…
快速電車が駅に近づいた事を知らせる警笛を鳴らしながら
轟音とともにプラットフォームへと侵入する
―――俺も今から…、
右から生暖かい風が少年の頬を撫でるのを感じ…
少年が更に一歩前へ…
―――そっちに…
少年の足が黄色い線を越え――
それと同時に少年の身体はそのまま線路に引き寄せれるようにして
前のめりに倒れ込んでいく…
―――行くから…っ!
プォーーーーーッ!!!
「…ッ、」
再度少年の耳に警笛の音が聞こえ――
少年が妙な浮遊感と共にギュッと瞳を強く閉じ…
来るべき衝撃に倒れながらその身を固くした次の瞬間
「―――ッ何やってるっ!!!」
「ッ!?」
突然背後から聞こえた鋭い男性の声とともに
何者かが少年のスマホを持つ方の手首をバシッと掴むと
線路に倒れこもうとしていた少年の身体を
グイッと強く後ろの方へと引き寄せ――
「あ…」
少年の身体はそのまま背中からボスンッ!と
背後にいた恐らく男性とおもしき何者かに抱き留められ
それと同時に
バァンッ!ガタガタッ、ガタガタッ、ザアァァァァァァァァーーーーーッッ、、、
凄い風圧と轟音と共に快速電車が二人の前を通過していき――
あっという間にプラットフォームは静寂に包まれる…
しかし――
「ッお前は今何を…、ッ、一体何をしようとしてたっ?!」
後ろから少年を抱き留めていた男性の焦りと怒りに満ちた声が
そんな静寂を打ち破り――
少年の両肩を強く掴んで少年を自分の方へと向き直させると
俯いている少年に向かって、真正面から問いかける
「答えろっ!」
「ッ、」
しかし男性の強い問いかけにも、少年は依然俯いたまま何も答えず――
「チッ、」
そんな少年の態度に業を煮やした男性は鋭く舌打ちをすると
俯いている少年の顎に手を添え、少年の顔をグイッと無理やり上向かせる…
すると吸い込まれそうな程に黒く…美しい瞳と目が合い――
「…ッ!」
涙で濡れた少年の黒い瞳が
まるで鏡のように目の前の男性の姿を映しだし…
男性はそんな少年の瞳に一瞬息をのみこみ、見惚(みと)れそうになるが
それでも少年の肩をグッと掴み、真っ直ぐに少年の瞳を見据えると
男性は先ほどよりかは落ち着いた口調で、再び少年に向け問いかける
「…そのまま――何も答えない気か…?」
「……」
しかし少年は下唇をキュッと噛んで口を堅く結び――やはり何も答えないまま…
それどころか自分の顔を上向かせている男性の手を振り払うようにして
再び俯いてしまい…
―――コイツ…
男性はそんな少年に苛立ち…
思わず少年の手首を強く掴むと
そのまま少年を引っ張るようにしてその場から歩き出す
「ッ!?ちょっと…っ、」
「…何だ。」
「っ離し…」
「ダメだ。」
「ッ、なんで…、」
「――どーせまた…俺がいなくなったら自殺を謀(はか)る気なんだろ?」
「、っそれは…」
「だから駄目だ。」
「そんなの…っ、アンタにはカンケーないだろっ!ほっとけよっ!!」
「ほっとかない。それに――」
男性は不意にその場に足を止めると
少年の方を振り返りながら口を開いた…
「どーせ捨てる気だったのなら…
俺が拾っても構わんのだろ?
その命…」
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